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「ユニバーサル・ミュージアムへのいざない」書評 「触常者」が健常者をリードする

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2023年11月11日
ユニバーサル・ミュージアムへのいざない 思考と実践のフィールドから 著者:広瀬 浩二郎 出版社:三元社 ジャンル:福祉・介護

ISBN: 9784883035779
発売⽇: 2023/10/23
サイズ: 21cm/183p

「ユニバーサル・ミュージアムへのいざない」 [著]広瀬浩二郎

 著者は13歳の時に視力を失った。長く美術と疎遠なはずなのに、今回その著書を読んで美術評論家のわたしはいたく勇気づけられた。言うまでもなく絵画や彫刻は目で見て鑑賞する。接触は厳禁だ。コロナ禍でそれが加速した。まして視覚に障害がある者は文字通り「見学」ができない。だが、著者は語る。「非接触社会から触発は生まれない」と。
 美術に限らない。博物館も含めたミュージアム全般は圧倒的に視覚偏重だ。そのことで排除されがちな人たちを既存の制度に参入させる「インクルーシブ」な仕組みも徐々に整備されつつある。だが、著者が唱えるとおり「健常者が障害者をインクルードする」なら抜本的にはなにも変わらない。むしろ「触常者」が健常者をリードするようなミュージアムがあってよい。言い換えれば「特別支援」がむしろ文化の「普遍」へと通じる。それこそが著者の考える「ユニバーサル」だろう。
 この点、タイトルの「ユニバーサル・ミュージアム」は欧米の「ソーシャル・インクルージョン」とはかなり違っている。日本の前近代社会では、琵琶法師、瞽女(ごぜ)、イタコ、さらには鍼灸(しんきゅう)・按摩(あんま)に至るまで、盲目の芸能者・技能者たちが活躍してきた。かれらはその文化の体系を手から手へ、口から耳へと受け継いできた。著者の唱える「普遍(ユニバーサル)」とは、過去のものとされたこれらの流れを「あの手この手で」見直す――いや「僕たちの手に『文化』を取り戻す」ための全方位で「宇宙的(ユニバーサル)」な挑戦なのだ。
 著者紹介には「座頭市流フィールドワーカー」「琵琶を持たない琵琶法師」などの文字が躍る。「この桜が目に入らぬ会」(現在は「花愛〈はなめ〉」)には思わず笑った。カバーには点字が打たれ、購入者のうち視覚障害などの理由で必要な人には本書のテキストデータが提供される。この挑戦は、新たな「語彙(ごい)」にも満ちている。全国での実践事例多数。
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ひろせ・こうじろう 1967年生まれ。国立民族学博物館と総合研究大学院大で教授。著書に『触常者として生きる』。