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「デミウルゴス」書評 逸脱おそれぬ実験的プラン次々

評者: 福嶋亮大 / 朝⽇新聞掲載:2023年11月18日
デミウルゴス 途上の建築 著者:磯崎新 出版社:青土社 ジャンル:技術・工学・農学

ISBN: 9784791775828
発売⽇: 2023/10/18
サイズ: 20cm/219p

「デミウルゴス」 [著]磯崎新 

 建築家・磯崎新氏の絶筆となった連載が、本書にまとめられた。謎めいた書名は氏の遺著にふさわしい。プラトンの『ティマイオス』に描かれた神的な制作者デミウルゴスを、氏は1990年代に「造物主」と呼び、その「箕(み)をゆする」身ぶりを際立たせた。素材に秩序を与えつつ、それをたえず振動させる磯崎版デミウルゴスは、建築を建築し続けた氏の分身なのだ。
 氏にとって建築とは、ビルディングの建造ではなく、世界に隠れた《構築する力》にアクセスする無謀な企てである。この力を象(かたど)ろうとするとき、氏は狭義の建築からの逸脱を恐れない。現に、その活動領域は都市計画からテーマパーク、キュレーション、膨大な著述にまで及ぶ。氏は建築の概念を分裂させ、その配線を組み替えショートさせることによって、かえって瀕死(ひんし)の建築を生き延びさせたのである。
 本書でも実験的な構築=振動のプランが、次々と語られる。かつて東日本大震災の後に福島遷都を唱えた氏は、上皇夫妻の住まう新仙洞御所を沖縄の奥間に作るよう提案する。かと思えば、南画家の田能村竹田(たのむら・ちくでん)と16世紀イタリアのパッラディオを文人的なデミウルゴスのモデルに仕立て、免疫系とビッグデータに統治された現代都市へと転送する。氏の著作はどれもそのつどの事件に衝突した痕跡であり、歴史の刻印を帯びているが、不思議なことに年齢がない。特に本書では、多くの死者たち(友人、そして建築そのもの)を見送ってきた氏の経験が、時空を超えた建築の霊の影をいっそう濃くした。
 氏は一人で何役もこなしたが、どの役割にも身を委ねず、徹底して「間(ま)」にあり続けた。磯崎新という稀代(きだい)のデミウルゴスは、間に生まれ、間に帰った。氏に接した後は、50歳下の私を含めた誰もが、世界の立ち現れ方が変わるのを感じた。つまり、氏は人間をも建築したのだ。こんな建築家はもう現れないだろう。
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いそざき・あらた 1931年生まれ。建築家。丹下健三に師事し、1963年に磯崎新アトリエを設立。2022年死去。