- 半暮刻
- 一億円の犬
- Q
いつから日本はこんなに生きるのがつらい国になったのか、と感じるひとは少なくないのではないか。国力は衰え、格差は拡大し、パンデミックとの戦いも一進一退が続く。今回は、そんな閉塞(へいそく)感を反映した三作品を紹介する。
月村了衛『半暮刻(はんぐれどき)』の主人公は、半グレの経営する会員制バーで、言葉巧みに女性たちを借金漬けにした果てに風俗に落とすという悪行で才覚を発揮した二人の若者、翔太と海斗だ。しかし、ある出来事をきっかけに二人の運命は正反対の方向に分かれてゆく。
翔太は贖罪(しょくざい)の道を歩もうとするが、それは決して平坦(へいたん)なものではない。一方、海斗は広告代理店に入社し、他人を踏み台にしながら出世コースを駆け上る。最後まで悔悟することのない海斗が悪人なのは間違いないにせよ、巨大利権の争奪を繰り広げる政財界・広告代理店・裏社会という構造的な巨悪の前では、彼程度は所詮(しょせん)使い捨て可能な小悪党に過ぎないことも明らかなのである。
佐藤青南『一億円の犬』の主人公・梨沙は、六本木のタワーマンションに住むセレブという設定で、ペットとの生活を描いたエッセイマンガ〈保護犬さくら、港区女子になる〉をSNSに連載しているけれども、実際は埼玉県在住の派遣社員であり、犬を飼っているというのも真っ赤な嘘(うそ)。ところが、そんな彼女のもとに、その連載を書籍化したいという話が舞い込んだ。それを受けた梨沙は、嘘がばれないように更に嘘を上塗りし、のっぴきならない状況に追い込まれてしまう。
梨沙は嘘をつくことに対して罪悪感がない性格で、その意味では感情移入が難しい主人公かも知れない。だが、ままならぬ境遇から一攫千金(いっかくせんきん)のチャンスを掴(つか)み、悪あがきを重ねる彼女の姿に、どこかしら共感を覚える読者もいるのではないか。やがて殺人事件にまで巻き込まれてしまう彼女の運命から最後まで目が離せない。
呉勝浩『Q』の主人公・町谷亜八(ハチ)には、血の繋(つな)がらない姉のロクと弟のキュウがいる。過去にキュウを守るためロクとともにある罪を犯したハチは、今やダンスの天才として世間の注目を集めているキュウのために再び行動を起こす……というのが第一部のメインストーリー。だが第二部はキュウの才能に惚(ほ)れ込んだ人々の群像劇の趣が濃くなり、第三部の怒濤(どとう)の展開へと収斂(しゅうれん)してゆく。作中でコロナ禍を描くことで現代日本の暗鬱(あんうつ)さを強調しつつ、疾走感溢(あふ)れる終盤でそれを吹き飛ばす構成が鮮烈だ。時代の空気を反映している一方、アンモラルな美の勝利というある意味で反時代的なテーマを扱った小説でもある。時代が閉塞の一途を辿(たど)るのならば、解放の道は時代への反逆しかないのかも知れない。=朝日新聞2023年11月22日掲載