こんな字ある?
校閲の現場から――「訣らない」がわからない
町田康さんはよく、「訣(わか)らない」という表現を使われます。最初に自分がゲラで見た時、 訣別の訣で 「訣(わか)れ」とは読んでも、「訣らない」はないだろうと、安易に疑問を出してしまったんです。もちろん、幾つか辞書に当たってみて載っていませんでしたので。
その表現は折口信夫がよく 使っていたということも含め、町田さんにはいろいろなことを教えて頂いたと感じています。
町田さんは元々、パジャマのことを「ピジャマ」と書かれたり、突然旧字を使ってみたり、 「むっさ」という大阪弁を使われたり、造語も含めてとにかく多彩な表現をされる方ですので、“町田語”のようなものに慣れていない校閲者だと戸惑うかもしれません。
あまり一般的な辞書に載っていない単語を使うという意味では、純文学系の作家さんに多いと思います。お亡くなりになりましたが、 古井由吉さんのゲラでよく出くわしました。現役の方ですと、古川日出男さん、舞城王太郎さんとかでしょうか。こちらも故人ですが、西村賢太さんも珍しい表現を使われていたと思います。
「小説新潮」で連載している宮城谷昌光さんの『公孫龍』のゲラを読む場合は、ご本人が使っていらっしゃる漢和辞典と同じものをこちらも使用しています。というのは、ある辞書に載っている表現が別の辞書には載っていないというのはあり得ることで、別の辞書を使った校閲からいらぬ疑問が出てこないように、辞書を合わせて齟齬が出ないようにしているのです。(新潮社校閲部K)