ISBN: 9784130160476
発売⽇: 2023/09/29
サイズ: 22cm/313,40p
「絵画の解放」 [著]加治屋健司
20世紀アメリカ美術で重要な一角を占める「カラーフィールド絵画」をめぐる一冊。抽象絵画ではあるが難解ではなく、文字通り色の面が持つ力が最大限に発揮されている。左上の書影でも片鱗(へんりん)は伝わるはずだ。それにしてもなぜ「解放」なのか。鍵は副題にある。「~と20世紀アメリカ美術(史)」にはせず「~と20世紀アメリカ文化」としたところに著者のもくろみがある。つまり解放とは該当する絵画群の美術ないし美術史からの解放なのだ。
そのために著者はまずカラーフィールド絵画を拘束していたモダニズムの美術批評がいかなるものであったかについて精緻(せいち)に論ずる。次いで、そのモダニズムの美術批評そのものが実は一枚岩でなかったことを検証し、両者を足場に同時代で対照的とみなされていたポップアートなどとの共通項を取り上げ、その延長線上に商業デザイン、複製メディア、とりわけインテリアデザインのなかで、これらの絵画がいかに擬態(ぎたい)され「協働」したかについて触れて結ぶ。
もとより著者はカラーフィールド絵画が備えるモダニズムの批評性を否定するものではない。狙いはあくまでモダニズムの美術とアメリカの文化との「折衝関係」であり「ハイブリッド化した絵画の可能性」にほかならない。そう言えばわたしは本書に登場する画家の作品をネットで片端から検索しつつ読んだのだが、そのうちカラーフィールド絵画がまるで国旗のように見えてくる瞬間があった。
果たして両者のあいだにはいかなる関係がある(ない)のだろうか。また重要な画家として扱われているモーリス・ルイスを画像検索すると、村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の単行本と文庫カバーでそれぞれ使われた作品も出てくる。ルイスの絵がこれほどの数「複製」されたこともないだろう。「絵画の解放」の先には実は意外な光景が待ち構えているかもしれない。
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かじや・けんじ 1971年生まれ。東京大教授(表象文化論・現代美術史)。編著に『宇佐美圭司』など。