大阪大学文学部の「オーラルヒストリー」という授業の受講学生たちによる、コロナ禍での周りの人たちへの聞き取り調査は、2020年からはじまった。
〈課題がしんどいです。課題はしんどいし、まぁ体を動かしてないんで、久しぶりに走ろうかなぁと思って家の周りをランニングしたら、すぐしんどくなりました(笑)〉
当時の大学1年生が、入学してすぐに実家に戻ることになり、リモートの授業の受け方の説明も少ないなかで戸惑う様子が語られる。大学の教員もリモートの扱いに慣れておらず、また受講している学生の様子もわからない不安があり、どの授業でも課題を出して学生を過度に圧迫する事態は、どこの大学でも起こっていたことを思い出す。
〈「ドイツから帰ってきたときに、実家に帰ってこないでほしい」って言われて、私初めての海外で、この留学が。(中略)電話切ったあと一時間くらいメソメソしてて〉
せっかくものにしたドイツ留学のチャンス。しかし現地に入ってまもなく、Wi-Fiも入らないハイデルベルク大学の寮で突如帰国の決断に至るまでの数日の記憶が詳(つまび)らかに語られる。
先行きが見えないなか観光ビザでひとまず来日し、自ら留学ビザを取得するに至った韓国からの留学生。
〈大使館の対応のおかげでその(=家族関係)証明書ももらって、学校からも〉〈直接その認定書を、「この学生は阪大の学生であることを証明する」みたいな書類を出してもらって〉
国の対応も大学の対応もまちまちだった当時の生々しい様子。先述のように帰国する学生、とどまった学生、そもそも移動しなかった学生など、留学生にもグラデーションが存在した。
翌21年の大学関係者の聞き取りでは活動基準の議論を記録し、22年の大学祭での聞き取りは来場した一般の人々にまで広がっていく。現時点ですでに忘れられているようなコロナ禍の様々な記憶や想(おも)いを記録した資料的価値も高い。読みながら自分の記憶も呼び覚まされる貴重な書籍だ。
ほぼはじめて体験する混乱と不安のなかでの人々の証言を、ある程度の量で記録したものは少ないが、本書は聞き取る側も混乱のさなかにいた学生という点が非常に興味深い。歴史はこうして語り継がれ、人は混乱をどう潜(くぐ)り抜けてきたかを知る。事後ではなくリアルタイムでなされた聞き取りに、将来を見据えた学問の力と覚悟を見る。
次の世代に体験を伝えるとき、自分だけの視点ではなく本書のように多角的に、さまざまな立場の人の証言を伝える大切さを忘れてはならない。口頭表現や方言も可能な限りそのまま記録されており、証言に人の息遣いを感じる。=朝日新聞2024年1月20日掲載
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大阪大学出版会・2200円。監修者の安岡健一・大阪大准教授は79年生まれ。専門は日本近現代史。編者の「コロナと大学」プロジェクトは、13人の学生で構成された。