新宿・歌舞伎町の「トー横」と呼ばれる一角に、2021年の秋が終わる頃から繰り返し足を運んだ。そこに集う若者たちの声に耳を傾けているうちに、思いが募る。「この題材は絶対に小説で描きたい」
フジテレビでドラマの制作に携わりながら、在職中に小説家デビューした。21年6月に小説家、映像作家として独立し、媒体の垣根にとらわれず作品を送り出している。トー横をテーマにしようという時にあえて小説だったのは、彼女たち、彼たちの思いを言葉にして世に伝えるためだ。「映像では、モノローグを使う以外に登場人物の気持ちを言葉にできない。でも小説はそれを文字で固定でき、意図を忠実に伝えられる」
出会った若者たちの思いは想像を超えていた。そういう思いを自分が全く想定できていなかった事実が、「怖い」とも思った。だからこそ、小説として文字で刻む必要があった。
義父の性虐待から逃げ、トー横へと漂っていく女子高生ジウが、意図せず初めて売春し、2万円を手にした場面。地の文で気持ちがつづられる。〈おとうさんから「無料」でされるより、よっぽどマシだ〉。売春の善悪以前の問題。そうする必然性が、読者に真っすぐ投げかけられる。
執筆しながら見えてきたこともあった。「居場所」の大切さだ。誰もが、自分がいていい場所を求める。それは家庭だったり会社だったり。小学生の頃に不登校になった自分には「家」という居場所があった。「親から一度も『学校に行け』と言われなかった。安心して家に引きこもれた。『行け』と言われていたら、居場所を失っていたと思う」。だからよくわかる。トー横が居場所になっても、全くおかしくはないと。「その意味では誰にとっても『対岸の火事』ではない、とても普通の悩みを描いたのかもしれません」(文・太田匡彦 写真・鬼室黎)=朝日新聞2024年1月27日掲載