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小砂川チトさん「猿の戴冠式」 類人猿と女性の交流、生きる痛み描いて芥川賞次点

「猿の戴冠式」の小砂川チトさん

 言葉を学習させられた類人猿のボノボと競歩選手の女性が、独自の手話を使って心通わせる――。小砂川(こさがわ)チトさんの「猿の戴冠(たいかん)式」(講談社)は、現実と幻想があいまいに混ざり合いながら、生きることの痛みを静かに描き出す。先月発表された芥川賞の候補作となり、受賞は逃したものの選考会で高い評価を受けて次点だった。

 「子供の頃から、動物に信用されることに特別なあたたかさを感じていた。類人猿と人間が懇意になっていくストーリーは、デビュー前からあたためていたものでした」と小砂川さんは話す。

 競歩選手の「しふみ」は、レース中の出来事をきっかけに引きこもっていた。ある日、テレビの動物番組でボノボの「シネノ」を見る。「赤ん坊の頃、いっしょに言語教育の実験を受けたボノボだ」と直感したしふみはシネノがいる動植物園へ通い始める。幻想的な物語のなかに、ルッキズムやネット炎上といった現代のテーマも絡み合う。「いまは多くの人が、自分は特別かどうかに悩み、苦しんでいる。世の中を見て感じたことも、小説に反映させていきました」

 大学院を修了したが、研究職にも就職活動にも気が乗らない。もともと興味があった小説を投稿しようと思い立った。一昨年、群像新人文学賞を受けたデビュー作「家庭用安心坑夫」が芥川賞候補になり順調なスタートを切った。だが、2作目となる今回はプレッシャーや恐怖心から「これまでにないくらい執筆が難航した。大体が苦しんでいました」と振り返る。

 レース中、自ら破滅を招く行為に出たしふみには、自身と重なるところがある。「就活もせずに小説を書き始めた私もなかなか破滅的」。そして、破滅も肯定する。「あんなことになったら自分は終わり、と思っていた状況に飛び込んでからのほうが、人生は生き生きするのではないかな」

 目標にしているのは、上手な踊り手だ。「隅々まで神経が行き渡っている。そういう文章を書いていきたい」(田中瞳子)=朝日新聞2024年2月7日掲載