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「山ぎは少し明かりて」書評 ありふれた村という唯一の故郷

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月17日
山ぎは少し明かりて 著者:辻堂 ゆめ 出版社:小学館 ジャンル:小説

ISBN: 9784093867016
発売⽇: 2023/11/15
サイズ: 19cm/315p

「山ぎは少し明かりて」 [著]辻堂ゆめ

 故郷という言葉の重みを深く胸に刻みつけながら、最後のページを閉じた。
 令和から昭和へ。ゆるやかにさかのぼる各時代を生きる本作の主人公3人の故郷観は、見事に異なる。令和を生きる大学生・都は、そもそも故郷なるものをよく理解できない。その母にして、定年直前のキャリアウーマン・雅枝は、生まれ育った故郷を不便で何もない地と憎悪し、町での生活を望む。それだけに、2人の物語の後に描かれる、雅枝の母の郷里への激しい愛情に、読者は憧憬(しょうけい)とともに一抹の恐ろしさすら抱くかもしれない。
 彼女たちの故郷たる瑞ノ瀬は、高度成長期さなかにダム建設地に選ばれ、村民の長年の反対運動の甲斐(かい)なく水の底に沈んだ。肥沃(ひよく)な土地と美しい渓流に恵まれた、山間の小さな村。かつて日本国内に数えられぬほど存在した、ひどくありふれた――しかしそこに暮らす人々にとってはかけがえのない、唯一の故郷だ。
 3人の女は、もうない、あるいはダムの底に沈まんとする瑞ノ瀬の姿を通じ、それぞれの生に向き合う。その果てに彼女たちが対峙(たいじ)する光景は、瑞ノ瀬への思いを反映して多様だ。しかし故郷はその違いすらを抱きしめて、ただ在り続ける。その事実に我々はつい、自らの故郷の姿を思い起こしてしまうだろう。なぜなら異なる時代を生きる女たちと家族を描くとともに、戦前・戦後、そして現代の荒波の中で形を変える日本社会の一断面をも切り取る本作において、登場人物たちの生き様は、我々自身のものでもあるためだ。
 ――ふるさとというのは、刹那(せつな)的なものなのかもしれない。
 令和を生きる都は、恋人の故郷を襲った豪雨災害に接して、そう感じる。永遠にそこにある保証はないとしても、「でも、守りたい」場所なのだ、と。
 社会の変化、そして様々な災害によって、多くの人の故郷が変化する今だからこそ、必要とされる物語だ。
    ◇
つじどう・ゆめ 1992年生まれ。2022年、『トリカゴ』で大藪春彦賞。著書に『サクラサク、サクラチル』など。