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『定食屋「雑」』書評 不器用な2人の胸温まる連帯感

評者: 吉田伸子 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月20日
定食屋「雑」 著者:原田 ひ香 出版社:双葉社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784575247275
発売⽇: 2024/03/21
サイズ: 18.8×1.7cm/304p

『定食屋「雑」』 [著]原田ひ香

 「うん。沙也加はなんでも丁寧にやるから、ありがたいよ」
 第2話「トンカツ」に出てくる雑色(ぞうしき)みさえのこの言葉に、胸の奥がきゅっとなる。みさえは、定食屋「雑」の女主人であり、週に数回そこでアルバイトをしているのが、三上沙也加だ。
 その昔、親戚の若い娘に働いてもらった時に辛(つら)い目にあってから、みさえにとって、店で働いてくれる女性は全員、名前を持たない。名前を呼んでしまうと「うまくいかなくなった時、彼女たちがいなくなった時」、悲しくなるからだ。
 そんなみさえが、初めて名前を呼んだのが、冒頭の一言。沙也加を名前で呼べたのは、ずっと店で働いてくれると思ったからではない。彼女がやめるとしたら、それは彼女の側の理由で、「だから、責任を感じる必要もないのだ。この子はそういうちゃんとした人なのだ」とわかったからだ。
 とはいえ、みさえから見込まれた沙也加にも事情があった。一方的に離婚届を置いて家を出て行った夫が、そこでご飯を食べ、お酒を飲むのだけが楽しみだと言っていた店が「雑」で、最初は、夫の心移りの理由を探るために店を訪れたのだ。やがて、アルバイトで働くようになった沙也加は、少しずつ変わっていく。夫との離婚にも踏み出せるようになる。
 みさえと沙也加、器用に生きられない者どうしの2人が、一緒に定食屋をまわしていくことで、ゆっくりと育まれていく連帯感。近すぎも、遠すぎもしない、2人の距離の描き方が絶妙だ。そして、そんな2人の関係を包み込むようにあるのが、「雑」で供される料理だというのも、たまらない。雑なようで、「ツボは押さえている」と沙也加が評するそれらには、実は、みさえのひと手間やこだわりがあるのだ。
 ほかほかと湯気をたてる料理の向こうに、みさえと沙也加のシルエットが見える。柔らかく微笑(ほほえ)んでいる2人のその顔が、読後も胸を温める。
    ◇
はらだ・ひか 1970年生まれ。作家。2007年『はじまらないティータイム』ですばる文学賞。『三千円の使いかた』など。