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「異国の味」/「カレー移民の謎」 日本人好みのアレンジ生む構造 朝日新聞書評から

評者: 藤田結子 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月27日
異国の味 著者:稲田 俊輔 出版社:集英社 ジャンル:クッキング・レシピ

ISBN: 9784087880977
発売⽇: 2024/01/26
サイズ: 13.1×18.8cm/200p

カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」 著者:室橋 裕和 出版社:集英社 ジャンル:歴史・地理・旅行記

ISBN: 9784087213089
発売⽇: 2024/03/15
サイズ: 10.6×17.3cm/336p

「異国の味」 [著]稲田俊輔/「カレー移民の謎」 [著]室橋裕和

 海外旅行で食べた本場の味。国内ではなかなか巡り合わない。外国料理店はたくさんあるのに、何で?
 そんなモヤモヤを解消してくれるのが一冊目『異国の味』だ。日本では日本人好みにアレンジされた料理でなければ広く受け入れられないという、意外な事実を指摘する。著者は南インド料理ブームの火付け役となった有名店の総料理長・稲田俊輔氏。自身は外国の料理は現地そのままの再現でなくてはならないという「原理主義者」だと明言する。
 フランス料理やイタリア料理の章では、本場の味を貫きたい作り手とそれを受け入れない客とのせめぎ合いが描かれる。例えば仏で修業したシェフの話。開店当初は本場の味を提供しようと、内臓やスパイス、豆を駆使した煮込みなど繊細で豪快な料理をメニューに並べた。が、それは長く続かず、客が好むカルパッチョや煮込みハンバーグ、ナポリタンに置き換わっていった。料理人の志とは裏腹に多くの店でメニューの画一化、「最適化」が進んでいくのだ。
 さらに著者は、日本人ほど外国料理をアレンジする能力に長(た)けた民族はいない、という説の再考を促す。たとえば中国料理を「日式中華」にアレンジした最大の立役者は陳建民。インドカレーを徹底的に日本向けに改造したのはネパール人の集合知だ、と。
 二冊目『カレー移民の謎』は、この「インネパ」と呼ばれるインドカレー店で働くネパールの人々を取材したルポ。著者の室橋裕和氏によれば、2000年代以降、インド人ではなくネパール人が経営するインネパカレー店が急増した。バターチキンカレー、ナン、タンドリーチキン等がコピペのようにメニューに並ぶ。手間をかけて工夫するより、修業先を模倣し、甘くスパイスが少ない日本向けのカレーで効率的に稼ぎたいという切実な理由からだ。ネパールから移住する主な理由は、経済的に豊かになるためで、日本の食文化を豊かにするためではない。自国で教育機会に恵まれなかった人、料理未経験の人も少なくないそうだ。
 稲田氏が本場の味を日本に伝える一方で、カレー移民がインドカレーを日本向けにローカライズしてきた。この一見あべこべな関係から、経済や文化資本等が料理人の仕事に複雑に影響することがわかる。そして、料理は音楽や文学にも似て、尖(とが)りすぎていると多くの人に受け入れられないが、ベタなものばかりが流通すると業界は萎(しぼ)んでいく難しさがあるという。
 これらは文化人類学・社会学の研究テーマとも重なるがキレキレの二冊に心震えた。
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いなだ・しゅんすけ 料理人、飲食店プロデューサー。『食いしん坊のお悩み相談』など▽むろはし・ひろかず ジャーナリスト。『北関東の異界エスニック国道354号線』など。