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汐見夏衛さん「さよならごはんを明日も君と」インタビュー 食べることは生きること。いつか前を向けるように

『さよならごはんを明日も君と』

「食」への関心が薄い若い世代に

――これまで、若い世代の恋愛や青春ものを多く描いていますが、「食」をテーマにした作品を書こうと思った理由はどんなことだったのですか?

 私自身、食べることが好きで「美味しいものがあれば頑張れる!」というタイプなのですが、学生の頃は「食」への関心があまりなくて、親が出してくれたものをただ食べるだけ。大学生になって一人暮らしを始めてからも適当な食生活を続けていて、体調を崩しやすくなってしまい「食は健康に生きることと直結しているんだな」と実感したんです。

 以前教員をしていた頃、コンビニでごはんを買ってくる生徒がいたのですが、おにぎりやパンではなく、「じゃがりこ」とハムを「ごはん」にしていたのには驚きました。食事へのこだわりがあまりない10代ならではだと思うし、そういう日がたまにはいいけど、毎日だと身体によくないですよね。私は小説を書く時、10代の人が読むことをなんとなく想定しているのですが、その子たちが大人になってから「あんな本があったな」と思い出してもらえる作品にしたいという思いもあって、食べることの大切さをメインに据えて書きました。

――本作の主人公の一人で「お夜食処あさひ」の店主が「食の大切さ」を教える場面もよく登場します。

 きっかけになったのが、子どもを幼稚園のお迎えに行った時に「オムライス」と書かれた看板を見かけて、「オムライス食べたい!」って言われたんです。でも、今日のごはんの準備はもうしてあるし、1週間分の献立を決めて用意しているからそれを崩したくなくて「また今度作ってあげるから、今日は家で食べよう」と言ってその時は帰ったんですけど、何日か後に、子どもが半泣きしながら「オムライス……」って言ってきて(苦笑)。

 その時、この子にとっては「私が食べていいよ」と言ったものしか食べられないんだなということに気がついたんです。もう少し成長したら、友達と出かけたり自分の好きなものを食べるようになったりすると思うんですけど、今は外食するにせよ家で食べるにせよ、基本的には全部、親の私が決めたものを食べています。親がそれだけ子どもの食生活を左右していること、そして子どもにとっては親が全てで、親が決めたものしか口にできない苦しみみたいなものを、私たち親世代は忘れちゃいけないという自戒を込めています。

「お夜食処あさひ」の内観をイメージしたイラスト(イラスト:オオイシチエ )

――作品全体のテーマとしては、どんな事を考えましたか?

 作中でも「生きることは食べること、食べることは生きること」と書いているのですが、食べることをないがしろにするのは、生きることそのものをないがしろにすることにつながるんだよということですかね。本来、食事の場は温かくて楽しいもので、食べることは喜びであってほしいけれど、そうじゃない人ももちろんいます。食べ物を前にした時に、みんなが幸せな気持ちになれるようなものであってほしいという思いをテーマにして書きました。

――プロローグでは、朝日のモノローグから始まります。朝日というキャラクターを主軸にしたのはどんなことですか?

 お客さんを包み込んでくれる人柄で、明日からの活力になるような料理を作り、それを食べたら元気にお店を出ていけるといった、お店とセットで温かい存在になる人物を考えていました。そこからさらに深めて、朝日自身が食べることに苦しんだ過去があって、そういう子供が大人になった時に、決して相手を否定せず、押し付けがましくない形で温かく寄り添える人にしたいなと思いました。

――私はもう少し居酒屋っぽいお店を想像していましたが、汐見さんは「お夜食処あさひ」をどんなお店にしたかったのでしょうか。

 私も最初は居酒屋のような、もしくはオシャレなカフェっぽいお店を考えていたんです。でも、人って気持ちが滅入っている時、そういうお店には入りづらいじゃないですか。お店側の圧があまりない方が、疲れている時にふらっと入れるかなと思って、シンプルで素っ気ないけど、誰かの家みたいな温かさがあるお店をイメージしました。

「お夜食処あさひ」の外観をイメージしたイラスト(イラスト:オオイシチエ )

―― 作中に出てくる料理も、おにぎりやみそ汁(落とし卵入り!)、ポトフにカレーといった比較的簡単な家庭料理が多いですよね。

 私自身、あまり料理が得意ではなく面倒くさがりなので、なるべく家の食事は簡単に作りたいんです。なので、いつも自分が作っているような簡単な家庭料理や時短料理を選びました。あとは、学生さんや一人暮らしを始めたばかりの人が「これなら簡単にできそうだから作ってみようかな」とか、忙しくて料理にあまり手をかけられない時に「これぐらいなら今の気力でなんとか作れそう」と思ってもらえるように工夫しました。そういったメニューや食事の場面を描いていると、朝日さんから「手の込んだ料理だけが心を楽にしてくれるわけじゃないですよね」と話しかけられているような気持ちになったし、私も「じゃがりこ」に救われる時もありますから(笑)。

作品の原点は受験生時代の「葛湯」

――朝日の作った「お夜食」でお客さんの心が少し軽くなったように、汐見さんの思い出の夜食はありますか?

 葛湯ですね。2作目の『さよならごはんを明日も君と』でも登場しているのですが、受験勉強をしていた時に親がよく出してくれたんです。受験生の頃、自分の進路希望と親の考えが合わずによく揉めていたんですけど、夜遅く勉強している時にそっと葛湯を持ってきてくれて。愛情をあまり口に出すタイプの親ではないのですが、それが出てくると「私のことを気にかけて、応援してくれているんだな」とすごく伝わってきました。その時のことが忘れられず、作品の舞台を「お夜食処」にしようと思った原点もその辺にあったかなと思います。

『さよならごはんを今夜も君と』

――本作には、孤食やいきすぎたダイエットによる摂食障害、親の過干渉など、様々な事情で「食べられない」悩みを抱えるお客さんが登場します。そんな苦しみを抱える人々を描くことで、作品にどんな思いを込めていますか?

 「食」に関するいろいろな悩みを持つ人を書いたので、読んだ人の多くがどれかひとつは身に覚えがあるんじゃないかなと思います。その悩みを解消できた人もいるかもしれないけど、まだ乗り越えられていない人や、もしかしたらこれからの人生で突き当たる人もいるかもしれません。そういう時に「道しるべ」とまではいきませんが、何とか前向きな気持ちになれる材料になればいいなという思いを込めました。

 食べることの悩みって割と口に出しにくいですし、家族にも友達にも言わない、言えないことが多いと思うんです。なので、自分だけじゃなく、少し視野を広げて違う見方をしてみたら、そういった苦しみを抱えている人がもしかしたら周囲にいるかもしれない。助けが必要な人に気づけるきっかけになれたらと思います。

「家族」だからこその間違いのブレーキに

――シリーズ2作目の『さよならごはんを明日も君と』では、タイトルにも入っている「さよならごはん」の意味や、朝日の過去・母親との関係についても触れています。

 1作目で「朝日さんにも何かありそうだな」と匂わせながら終わっているので、実際に彼がどういう過去を抱えているのかというところをメインに描くつもりでした。前作では、主に10代の子に視点を置いて「食べる楽しさを見つけてほしい」という思いを込めたのですが、今作は大人世代の人が「食べる」ことだけでなく「料理を作ること」への悩みや苦しみ、作る側の気持ちや楽しさを主軸にしています。

――朝日をはじめ、各章に登場するお客さんのほとんどが、親との関係に悩む子供たちでした。「すぐに変われなくていい」、「無理に、完全に解決しようとしなくていい」というメッセージには救われたような気持ちになりました。

 家族って、他人には言いづらいことを言える反面、他人には簡単に言えることをなかなか言えないところが難しいですよね。打ち明け話みたいなことだったらいいけれど、「他人にだったらこんな言い方を絶対にしないのに、家族だから甘えで言ってしまう」みたいに、家族を傷つけるような時があると思います。

 私も今までそういうことをしてしまった可能性があるし、親から言われて「あれはひどかったな」と思い返す時もあります。外には見せないけれど家庭内ではやってしまう「家族だからこそのコミュニケーションの間違い」みたいなことはあるので、言ってはいけないと頭では分かっていることを言ってしまいそうな時に、ブレーキになるようなセリフや作品を書けたらと思いました。

(Photo by Getty Images)

「食べること」を押し付けない

――今、何かの理由や事情で「食べられない」または「食べること」に苦しんでいる人にどんなメッセージを伝えたいですか?

 先ほど「食べることは大事」と言いましたが、食べることは義務ではなく、自分の意思で選んでいいものなんですよね。作中でも人前で食事ができずに苦しんでいる登場人物が出てきますが、長く続く悩みや苦しみが1日でいきなり乗り越えられる魔法ってないと思うんです。なので、少しずつ心身に負担のない範囲で食べられそうなものや食べやすい環境を見つけられて、「食べられない」という悩みから「食べられるかも」という方向に気持ちが変わっていけるメッセージを作品には盛り込めたかなと思います。

――各章のタイトルが「食べたくない」や「食べちゃだめ」といった悲観的なものから「食べてみたい」という前向きな言葉に変わっていくのもポイントの一つですね。

 周りに悩んでいる人がいた時に、「これ食べなきゃダメだよ」と強制するようなことはしないでほしいし、そういうことをされた結果、どんどんトラウマが積み重なって、より「食」への苦手意識も強まると思います。悩みを抱えている人に対してアドバイスを押し付けず、寄り添うようにして、気持ちがちょっとでも前向きに変われるようにという願いを込めて、この作品を書きました。