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明るい季節 柴崎友香

 いちばん好きな季節はと聞かれたら大体今ぐらいになるのではないか、と思い始めたのはこの十年くらいのことだ。以前は、とりあえず夏は苦手でほどよい気温になる秋がいいと答えていたのだが、少し前から、とにかく明るい時間が長いのがいいと思うようになった。

 外が明るいのはいい。これからなにかしよう、という気になる。会社勤めをしていたころ、終業時間が午後六時だったのだが、日が短い季節になると会社を出るころにはすっかり暗くて、寒いしもう帰らないと、と感じてしまうのがさびしかった。

 外が明るいのはいいとつくづく感じるのは、これくらいの季節に高緯度の国を訪れた経験も影響している。ニューヨークの緯度は青森くらい、アイルランドのダブリンはさらに北で樺太あたりの緯度。サマータイムもあるので、夜九時や十時近くまで街歩きができた。美術館も長い時間開いてたり、旅行者にはとてもありがたかったし、人々が飲食店の前の路上の席で賑(にぎ)やかにしているのも楽しい気分になった。

 以来この季節がイチオシになったのだが、日本のおおかたの地域では梅雨なんである。屋外で散歩を楽しんだりごはんを食べたりできる日は少ない。湿気との戦いが始まるし、強い雨の日は電車も徒歩もつらく、洗濯も困る。なぜ気候がこの組み合わせなんだろうかと思ってしまう。

 それでも、時計を見て午後六時、七時で、まだこんなに明るいと軽く驚くとき、外が明るいだけで気分がこんなに軽くなるものなのかと自分の単純さを実感する。東京に引っ越して大阪よりも日が暮れるのがちょっと早いのになかなか慣れずに困ったので、日照時間と心身のリズムはけっこう深いところで結びついているのかもしれない。

 真夏は今より日没が早いが、日差しの強さと暑さのせいで昼間が長く感じる。暑いのは苦手、で済まないくらいの酷暑ではあるが、暑さ対策に気をつけつつ、あと二、三か月、空の明るさを享受したい。=朝日新聞2024年06月26日掲載