リラックスできない、というのが長年の悩みである。じっとしていることが多く、人からはリラックスしていると見られがちだが、頭の中にいろんな考えが浮かびすぎて動けない状態である。静かだと不安や悪い想像が浮かびがちでそれが怖いので、ラジオをつけっぱなしだったりスマホを見続けたりしてしまう。
どうにも頭が疲れてしまい、ほどよく気が逸(そ)れる方法を探していたら、自然の音の配信を思い出した。前に住んでいた家が古くて風が強いと窓ががたがた鳴るので仕事ができず、ヘッドフォンで雨の音を聞いていた時期があったのだった。以前は音だけ聞いていたが、検索すると雨の動画は、大雨や夜の雷雨などいろいろある。雨の音を聞くと落ち着くのはなぜだろうか。今の家は窓が二重で現実の外の雨の音が聞こえず、わざわざ動画配信で雨の音を聞いているのも妙ではあるが、今の私には音楽よりも自然の音が「リラックス」に近くなれるようである。
川のせせらぎは風呂場かどこかで水を出しっぱなしかと気になって落ち着かず、波音のほうがよい。小鳥よりも蛙(かえる)の声のほうが好みだ。雷雨の街を歩きながら撮影するものや車や電車の車窓をひたすら流す動画も見るようになった。これは楽しい。雨の高速道路や雪道のドライブなどは、ほどよく意識が浮遊する。たき火もよい。実際に十時間も薪をくべて燃やし続けている動画もあり、制作者の労力に感動する。たき火映像だけを一日中流すチャンネルが人気だと聞いたのは何年も前だが、ようやくその良さがわかった。
そのうちに、インドの豪雨地帯で大雨の中を歩くチャンネルに行き当たった。ものすごい雨で、木々や屋根から水が流れ落ちる。田んぼの間の道で大きな牛とすれ違う。何時間見ても飽きない。自分がおそらく行くことのない場所のこんな風景を見られるなんて、なんと素晴らしいのだろう。動画配信サイトはこういう風景を見るためにあるのだなあ、と思いながら、毎日雨を見ている。=朝日新聞2025年4月30日掲載
