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『「モディ化」するインド』 日本が目を背けた不都合な実像 朝日新聞書評

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2024年06月29日
「モディ化」するインド―大国幻想が生み出した権威主義 (中公選書 151) 著者:湊 一樹 出版社:中央公論新社 ジャンル:政治

ISBN: 9784121101525
発売⽇: 2024/05/09
サイズ: 2.5×19.1cm/296p

『「モディ化」するインド』 [著]湊一樹

 「自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値」を共有する国。日本政府はこうインドを説明してきたが、実態はどこまで伴っているのか。
 本書は2014年に政権を握ったナレンドラ・モディが「世界最大の民主主義国」としてインドを国内外に売り込む一方で、いかに民主主義を毀損(きそん)してきたかを描き出す。18年、個人や団体による匿名かつ無制限の献金を可能にする選挙債が導入され、民主主義の根幹たる選挙がゆがめられた。ヒンドゥー至上主義のもと、イスラーム教徒迫害が強まり、インドの国民統合を支えてきた世俗主義も深刻に揺らいできた。国内総生産(GDP)成長率7%台といった数字から導かれる「経済成長」という印象も、政府主導で行われた高額紙幣廃止やパンデミック時の全土封鎖の影響を最も被った貧困層の苦境を反映していない。こうした実態を知ろうにも、都合の悪い統計は無視され、さらには統計自体がとられなくなった。
 統治の正当性を揺るがしうる自国の現状があるからこそ、モディは選挙の勝利にこだわってきた。主要20カ国・地域(G20)の議長国就任や、米国のドナルド・トランプ前大統領ら大国の指導者との緊密な個人関係も、選挙戦略として喧伝(けんでん)された。
 実態と乖離(かいり)したポジティブなインドのイメージは日本でも根強く抱かれている。私たちはだまされてきたのか。問題はそう単純ではない。
 国際NGO「フリーダムハウス」は20年、価値観においてインドは中国に接近しつつあるとすら述べていたが、日本はインドとの価値の共有をうたい続けた。中国を最大の安全保障上の脅威とみる日本にとって、日米豪印の「クアッド」の一員であるインドの権威主義化は直視したくない現実だ。日本は不都合な真実を指摘し、インドとの関係に波風を立てるより、だまされ続けることを選んできた。
 日本だけではない。英BBCが23年にモディ政権下でのイスラーム教徒迫害に関する番組を放送すると、インド政府は激怒。税務当局にBBC現地支局の家宅捜索をさせたが、国外から目立った批判はなかった。民主主義や人権に敏感な欧米諸国も、インドとの関係を優先し、表立っては批判しないだろうというモディの読みの正しさが証明されてしまった。
 自分たちにとって重要な国であるほど、くもりなきまなざしで見つめることは難しい。本書の明快な叙述によって照らし出されるのは、インドの実像、そして願望を投影した虚像を生み出してきた私たちの認識である。
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みなと・かずき 1979年生まれ。日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の研究員(南アジア政治経済)。