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「スタートアップとは何か」書評 起業しやすい社会をつくるには

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2024年07月06日
スタートアップとは何か──経済活性化への処方箋 (岩波新書 新赤版 2013) 著者:加藤 雅俊 出版社:岩波書店 ジャンル:世界経済

ISBN: 9784004320135
発売⽇: 2024/04/23
サイズ: 1.3×17.3cm/304p

「スタートアップとは何か」 [著]加藤雅俊

 ユニコーン企業と呼ばれる高成長の非上場企業が日本には少ないこともあり、近年、経済活性化策としてスタートアップ(新興企業)の振興が期待されることが多い。本書は、スタートアップに関する内外の研究を整理することで、その生成の要因や成長の条件を探っている。
 本書によれば、スタートアップが生き残るには、資金や起業家が持つその業界に関する知識といった「創業前の資源」こそが重要だという。だが、それらもスタートアップの成功を決定付けるような特効薬ではない。つまり、運の要素が大きく、ほとんどのスタートアップは生き残れないのだ。身も蓋(ふた)もない話にも聞こえるが、起業家による成功譚(たん)にはない冷静さが本書を説得的なものにしている。
 本書では、起業家自身に内在するような要因ばかりでなく、社会環境の影響も指摘される。日本のように終身雇用と年功賃金がいまだ支配的である国では、起業する者が少なくても驚きではない。また、制度的に倒産時のコストが高い国も起業活動が停滞するという。スタートアップの振興には「出口」を整備することも大切なようだ。
 このように本書では、「スタートアップにとってどのような支援策が有用なのか」ということが繰り返し議論される。支援策は、創業間もない企業に対してこそ効果があるという。また、起業のハードルを下げるような政策は適切でなく、むしろ競争を促すことが強調される。結局のところ、ホンモノの起業家は育成しようとしてできるものではないのだ。著者は、それよりも起業を評価するような社会風土を育む教育の重要性を主張する。
 社会にとって起業が重要なのは、それが既存企業の生産性を高めるうえでも効果を持つからだ。スタートアップ支援政策の担当者や広く投資を考える者など、起業家以外にこそ本書に示されるような論点が共有されるべきだろう。
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かとう・まさとし 関西学院大経済学部教授。専門は産業組織論、アントレプレナーシップ(起業家精神)研究。