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三宅香帆「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」 労働観の改革、「ノイズ」が鍵

 子どものころから本が大好きな文学少女は、好きな本をたくさん買うために就職した――はずが、待っていたのは「労働のせいで本が読めない!」という現実だった。その体験をもとに、タイトルの「なぜ」を深掘りしたのが本書だ。

 最初の答えとして、日本に根付く長時間労働がある。しかし、日本で本が右肩上がりに売れた昭和後期は、エコノミックアニマルと呼ばれた日本人が、全力で長時間労働にいそしんだ時代でもある。ゆえにこれは理由の全部ではない。

 次に著者は問いの方向を転換する。長時間労働で疲弊する中、本は読めなくても、インターネットにはハマってしまう。なぜ?

 答えは、ネットでは「求めている情報だけを、ノイズが除去された状態で、読むことができる」から。対して、読書の特性とは「世界のアンコントローラブルなものを知る」こと。昔は読書による知識の吸収が成功するために必要とされていたが、今では、その知識が情報を濁らせるノイズとみなされてしまう。

 新自由主義が覆う競争社会では、ノイズを除いた“純粋な”時間を仕事に捧げることが勝ちにつながる、と私たちは思わされているが、目の前の現実は、逃げ場をふさがれた疲労社会。複雑で遠い文脈にあるノイズこそが、抜け出す鍵なのに。

 帯の惹句(じゃっく)「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」から、流行(はや)りの脳方向の話かと思ったら、「読書と労働」という、ニッチな視点から労働観の改革に切り込んでいくものだった。「働きながら本を読める」とは、好きなことと労働がバランスできること。そんな社会を作ろうよ、という提言にいたる展開がユニーク、スリリングで、読み進めていくと、働く人に必要な価値観がくっきりと見えてくる。=朝日新聞2024年7月6日掲載

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 集英社新書・1100円。4月刊。6刷13万5千部。「書店では午後6時以降に売り上げが伸びる。仕事帰りの人に、タイトルが刺さっているようだ」と担当編集者。電子版も1万9千部超に達している。