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「ルポ 低賃金」書評 非正規労働者に伴走 実像描く

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2024年07月27日
ルポ 低賃金 著者:東海林 智 出版社:地平社 ジャンル:社会学

ISBN: 9784911256022
発売⽇: 2024/04/30
サイズ: 12.6×18.8cm/240p

「ルポ 低賃金」 [著]東海林智

 「悲しくって泣いてるわけじゃあない 生きてるから涙が出るの」。ロックシンガー・宮本浩次が歌う「冬の花」の一節だ。この歌が好きだという女性を著者は取材した。女性は工場での派遣労働などを経て、風俗店に勤務していた。ネットで〝闇の職安〟を検索し、特殊詐欺のグループに関わったこともある。彼女は必死だった。先の見えない不安定な暮らしから一日も早く逃れたかったのだ。風俗店の仕事も嫌で仕方なかったが、「客の相手が終わるたびに、自分で『チャリン、チャリン』って、金の落ちる音を言って耐えました」。
 著者がこの女性の来歴を追いかけたのは、そこに不安定雇用がもたらしたであろう冷徹な現実を見たからだ。生きているだけで涙が出てしまうような社会。悲しむ余裕すら与えない毎日。女性の切れ切れの言葉が、「冬の花」の歌詞から漂うやりきれない思いと重なる。
 いまや日本の賃金水準は、主要先進国の最低グループに位置する。なかでも非正規労働者の平均年収は約200万円。正社員の半分に満たない。一方で、自動車メーカーなど一部の輸出産業は未曽有の好景気に沸き、我が世の春を謳歌(おうか)する。非正規労働者の苦痛にあえぐ声は、富んだ者たちの歓声にかき消される。
 著者は記者として長きにわたって労働問題を担当してきた。私も取材現場で幾度も彼の姿を目にしている。常に発言の回路を持たない労働者の側から発信を続けてきた。そんな著者だからこそ、もっとも弱い立場の非正規労働者に伴走する。
 トリプルワークをこなしながら今日を生き延びるシングルマザー、何の保障もなく、コンピューターに管理される宅配ドライバー、最低賃金以下で働かされる非正規公務員。本書は労働者でありながら、当たり前の労働者として認められることのない人々に焦点を当て、〝低賃金ニッポン〟の実像に迫る。そして、働く者の尊厳を奪うなと訴えるのだ。
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とうかいりん・さとし 1964年生まれ。毎日新聞記者。労働と貧困・格差の現場を取材。著書に『15歳からの労働組合入門』など。