デビュー作が「タワマン文学」として話題になった麻布競馬場さん。2作目の「令和元年の人生ゲーム」(文芸春秋)は直木賞の候補になり、選考会では賛否を二分し、惜しくも次点で受賞を逃した。小説を通して「人を幸せにするために傷つけるという、倒錯をやってきた」と語る。
ビジネスコンテストを運営する「意識高い系サークル」の大学生、老舗銭湯の活性化に奔走する「カルチャー感度の高い」会社員。平成28~令和5年を生きる、いわゆる「Z世代」の登場人物に共通するのは、進むべき人生の方向が見えない閉塞(へいそく)感だ。
「平成的価値観と令和的価値観の移り変わりの話」と自作を分析する。その「令和的価値観」でキーワードとなるのが「正しさ」だ。大学生向けシェアハウスを描いた第3話では、ある異様な正義がコミュニティーを染め上げた結果、ホラーな展開が繰り広げられる。
着想の源は、コロナ禍を経て社会が再始動した頃に目の当たりにした、若者のありようの変化だ。過去の「ゆとり世代」「しらけ世代」とは違って肯定的な自称としても使われる「Z世代」のまとう連帯感に、「何か一つのものに溶け合ってしまう怖さ」を感じたという。
ときに危うさをはらむ画一的な「正しさ」から、ひとり無縁に見えるのが、全話に共通して登場する沼田という男だ。無気力なポーズを保ち、屈託を抱えながらもひょうひょうと世を渡っていく姿は、一種の希望さえ感じさせる。だが、そんな沼田の存在は「令和という時代が至る一番のバッドエンド」と麻布競馬場さんは言う。最終話で沼田がする選択は「格好良く幸せになることはできないよ、これでもみんな幸せになりたいですか、という投げかけです」。
自身は1991年生まれの「ミレニアル世代」。「平成の頃の人生とは、お金や学歴、資産価値のあるマンションといった記号を集めるゲーム。そのばからしさを我々が証明してしまった」と振り返る。「令和は変わっているからこそ、どこへ行けばいいかわからないのが今の彼らの苦しみなんだなと思ったんです」
SNSに投稿したショートストーリーを集めた2022年のデビュー作「この部屋から東京タワーは永遠に見えない」は、高級タワーマンションをモチーフに都市生活の格差や悲哀を描き、話題をさらった。東京の企業に勤め、港区界隈(かいわい)を行動範囲とする自身にとって「タワマンは精神的地元」。一方、今作は「タワマン文学の次を書きたかった」と話す。
「令和の後輩たちに幸せのモデルケースを作れなかった敗軍の将として、タワマン文学をしっかり否定して新しいものを作っていくことは、義務でもあり権利でもある」
飲みの場でさまざまな人と出会い、話を聞くのが取材代わり。そうした社交性とは裏腹に、自分の感情や人生の意味について内省しがちだという。「僕はこんなに人生についてまじめに苦しんでるのに、なんでみんなは幸せそうなんだろう。僕だけ赤字でずるいなと、あるとき思っちゃって」。人々が言語化しない汚い感情を物語として突きつけたいというのが、執筆の原点だった。
2作目となる今作では、「令和の人たちが少しでも効率的に幸せになってくれたら」と少しずつ考えが変わってきた。
ただし、「安易な救いによって各人の苦しみを隠蔽(いんぺい)したくない」とも。だからこそ、露悪的なまでに毒を吐き続ける。「汚い作家と言われても、やめるつもりはないです」(田中ゑれ奈)=朝日新聞2024年7月31日掲載