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「パレスチナ/イスラエルの〈いま〉を知るための24章」書評 人道危機の背景と苦悩深き実情

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月03日
パレスチナ/イスラエルの〈いま〉を知るための24章 (エリア・スタディーズ) 著者:鈴木 啓之 出版社:明石書店 ジャンル:社会学

ISBN: 9784750357607
発売⽇: 2024/05/27
サイズ: 18.9×2.1cm/324p

「パレスチナ/イスラエルの〈いま〉を知るための24章」 [編著]鈴木啓之、児玉恵美

 昨年10月の戦闘開始以来、パレスチナのガザ地区の人道危機は深刻を極める。では、それ以前のガザはどんな土地だったのだろうか。本書では、現地を知る研究者と実務家が集い、イスラエルやヨルダン川西岸にも目配りしながら今回の戦争の背景を描く。
 何よりも印象的なのは、ガザの過酷な日常生活だ。若者のほとんどは失業しており、電力は一日の約半分しか供給されず、多くの人が食料支援に依存してきた。07年以降はイスラエルが外部との境界線を封鎖しているため、ガザから一歩も外に出たことがない人も少なくない。まさに「天井のない監獄」なのだ。
 同時に、本書はパレスチナ問題に対するイメージも改めてくれる。例えば、ガザを支配するハマースによるテロはイスラームの教義に基づいているとされることもあるが、それは違う。非戦闘員に対する無差別攻撃はイスラーム法でも違法なのだ。また、イスラエルにはユダヤ人が、パレスチナにはアラブ人が暮らしていると考えがちだが、それほど単純ではない。イスラエルはヨルダン川西岸と東エルサレムに入植を進め、アラブ人を排除してきた。他方、アラブ人の中にはイスラエル国籍を持つ人もいる。イスラエル人には敵視され、他のアラブ人からは裏切り者扱いされるなど、苦悩は深い。
 では、日本人はこの地域にどのように関わるべきか。現地で支援に携わってきた実務家の文章からは苦労が滲(にじ)み出る。パレスチナに支援を行うにはイスラエル当局の許可を得なければならないため、占領政策への批判は行えない。国連やNGOの医療支援は現地の医療従事者にも貴重な雇用先を提供するが、紛争が落ち着けば現地職員は解雇せざるを得ない。今回の戦闘が終わった後にこそガザには一層の支援が必要とされるだろうが、やはり厳しい制約が加わるはずだ。それに備える上でも、本書は多くの貴重な証言を提供している。
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すずき・ひろゆき 東京大特任准教授。中東地域研究。こだま・えみ 東京外語大大学院博士後期課程。レバノン地域研究、難民研究。