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小説家・図書館司書、佐原ひかりさん「鳥と港」インタビュー 「働く」をあきらめない

佐原ひかりさん=京都市左京区

 転職して会えなくなった元同僚の友人と文通を続けている。いつも携帯でやりとりをして、近況はSNSで知っているのに。お気に入りの文房具屋で見つけた便箋(びんせん)や色付きのペンを使い、おしゃべり感覚でしたためる。「決まったフォントもなく、アレンジに限界がない。手紙にはわくわく感がある」と話す。

 その文通を小説の題材にした。会社になじめず辞めたみなとは、公園の草むらに埋もれた郵便箱から一通の手紙を見つける。不登校の高校生飛鳥が潜ませた手紙。不思議の国のアリスの一節「金色の昼下がり」のような日から、2人は文通のワンダーランドに飛び込んでいく。

 やがて2人は、文通屋「鳥と港」という仕事を共同で始める。社会にうまく適応できない2人が見つけた、文通の相手を務めてお金を稼ぐという新しい仕事。いったんは軌道に乗り始めるが、年齢の差や家庭環境の違いもあり、徐々に働き方や仕事にかける熱量にずれが生じてしまう。

 文通の温かな雰囲気から一転、「働くとは」という問いが読者に突きつけられる。

 自身も新卒で就職した会社が合わず、9カ月で辞めた。その後、転職を繰り返した。「自分はどんな職場環境で、どんな仕事をしたいのか、自分なりに因数分解していった」。そして、本に関わる仕事がしたいと、古い本が保存され続けていく図書館に魅力を感じ、司書という仕事を選んだ。非正規雇用で不安定な司書の仕事を続ける助けになればと、兼業として小説を書き始めた。

 今は二つの仕事のバランスが崩れるほど執筆で忙しくなり、一度立ち止まって自分自身の働き方について見つめ直す時期にきていると感じている。「私は私の『働く』を諦めない。この本は私自身にとってお守りみたいな一冊になった」と話す。

 小説のなかの2人も、文通屋の新しい形を再度模索していく。「『社会はそんなに甘くない』とか『石の上にも三年』という、人を縛る言葉は好まない。たとえだめになっても、また社会に戻れるよう“甘く”あってほしい」と願っている。(文・写真 森本未紀)=朝日新聞2024年8月17日掲載