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「100%合法だが、健康によくない商品の売り方」書評 規制強化に直面する業界の実情

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2024年09月14日
100%合法だが、健康によくない商品の売り方-多国籍タバコ企業の弁護士、世界を行く (単行本) 著者:ジョシュア・クネルマン 出版社:中央公論新社 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784120057939
発売⽇: 2024/06/19
サイズ: 1.5×17.3cm/320p

「100%合法だが、健康によくない商品の売り方」 [著]ジョシュア・クネルマン

 たばこの広告を見なくなって久しい。健康を確実に害するたばこは、いまや社会の厄介者だ。それでは、たばこ会社の業績も停滞しているのだろうか。たばこ会社を渡り歩いた弁護士からの聞き書きという体裁を取る本書が明らかにするのは、どっこいしぶとく生き残るたばこ会社の姿だ。
 2000年代の金融危機の際にも、たばこの売り上げは落ち込まなかった。不況のような時期には、人びとはストレスからむしろたばこをよく吸うようになるからだ。更に、巨額の和解金の支払いのためと称して値上げをしたので、たばこ会社の利ざやは大きくなってすらいるという。その根源には、たばこには中毒性があるために、値段が上がっても売り上げが減りにくいという事実がある。だからこそ、政府にとっても都合のよい税収源なのだ。
 とはいえ、映画「インサイダー」に描かれたようなたばこ会社のドロドロの内幕を本書に期待すべきではない。本書で描かれるのは、熱心な研究開発と品質管理、新たな世界市場の開拓、国による規制の差を利用した拠点の移動といったどの業界にも見られるような「企業努力」の数々だ。
 それらが弁護士のキャリアを通して語られるので、この業界の変容も浮かび上がる。欧州でテレビCMを流せなくなったたばこ会社は、唯一残った広告媒体としてF1カーに法外な広告料を支払っていた。だが、F1カーに広告を出せなくなっても、たばこ会社の株価は上がり続けていたという皮肉な話も紹介されている。また、業界の再編が頻繁に起こるため、買収されそうな企業の社員には丁重に接していたという。この業界でのキャリアは、必然的に社外に開かれるようになる。
 たばこ業界は、政府による規制強化に晒(さら)されながら、他方でその同じ政府に守られてきた側面を持つ。規制の強化に直面する他の産業にとっても、この脆(もろ)い依存関係が示唆するものは大きい。
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Joshua Knelman カナダ在住の調査報道ジャーナリストで編集者。「The Walrus」誌の創刊メンバー。