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背筋さん「穢れた聖地巡礼について」「口に関するアンケート」インタビュー ホラーの多彩な魅力を表現したい

©GettyImages

一緒に怖い体験をしている気分が魅力

――背筋さんのデビュー作『近畿地方のある場所について』(以下『近畿地方』)は刊行直後から話題を呼び、25万部を越えるベストセラーとなりました。ホラー小説がここまでヒットするのは異例の事態です。
(インタビューでは『穢れた聖地巡礼について』『口に関するアンケート』の詳しい内容に触れています)

 ただただ数字の大きさに驚いています。『近畿地方』をネットに投稿した時には、書籍化すら想定していませんでしたから。自分の好きなホラーを同好の士に面白がってもらえればいいな、くらいの軽い気持ちだったんです。多くの方に読んでいただいた分、いっそう頑張らないといけないなと思っています。

――雨穴さんの『変な家』をはじめとして、モキュメンタリーが最近注目を集めています。背筋さんの『近畿地方』によってモキュメンタリーの面白さを知った、という読者も多いですよね。

 ありがたいことですね。わたしは別にモキュメンタリーの大使でも代表者でもないんですが(笑)、『近畿地方』をきっかけにモキュメンタリーの沼にはまる人が増えてくれたのでしたら、すごく嬉しいことです。

――モキュメンタリー自体はそれなりに歴史のあるジャンルで、映画の『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』など多くの作例があります。モキュメンタリー系の作品は以前からお好きだったんですか。

 はい。私も映像から入ったんですよ。邦画だと白石晃士監督の『ノロイ』、洋画だと『ブレア・ウィッチ』はもちろんですが、『REC/レック』も大好きでしたね。主人公と一緒になって怖い体験をしている気分を味わえるのが、モキュメンタリーの魅力だと思います。活字では何といっても小野不由美さんの『残穢』ですね。もともと小野さんのファンだったので、予備知識なしに書店で手に取ったのですが、フィクションとは思えないリアルな内容で、ものすごく衝撃を受けました。お話ししていて思いますが、極めて王道のモキュメンタリー体験ですよね。専門的にモキュメンタリーを研究してきたわけではなく、単に好きで観たり読んだりしてきただけなので、なぜこれがブームになったのか聞かれても、分かりません、としかいえないのが申し訳ないです。

『穢れた聖地巡礼について』(KADOKAWA)

有名な怪談のその後を書いてみた

――今月初旬には待望の第2作『穢れた聖地巡礼について』が発売されました。断片的な情報が並べられていた『近畿地方』に比べるとストーリー性が強く、人間ドラマもしっかり描き込まれた長編になっていますね。

 2作目は『近畿地方』とは違うことをしよう、というのは早い段階から編集さんと話し合って決めていました。わたしはもともとホラージャンル全般が大好きで、それが高じて『近畿地方』を執筆した人間なんです。モキュメンタリーはあくまでホラーの一部でしかないので、次はホラーの別の部分を切り出してみたいという思いがありました。

――長編の書き下ろし自体、初めての経験だったと思いますが、執筆してみていかがでしたか。

 読み返してみると、『近畿地方』はやっぱりネット小説の書き方をしているんですよね。文章や段落の長さにしても、改行の入れ方にしても、スクロールして読みやすいように、という意識が働いていたと思います。怖いことが次々に起こるという展開も、ネットで読んでいる人を驚かせたいという気持ちの反映ですよね。その点、今回は書き下ろしですから、もっと長いスパンで物語を組みたてることができました。山をゆっくり登って、少しずつ見えてくる景色を味わうみたいに、じっくり怖さを演出することができたかなと。

――『穢れた聖地巡礼について』には主に3人のキャラクターが登場します。幽霊を信じないオカルト系ユーチューバーの池田、幽霊にさほど興味がないフリー編集者の小林、幽霊を見ることができるライターの宝条。幽霊への向き合い方が異なる3人は、どのように生まれてきたのですか。

『近畿地方』はモキュメンタリーという手法の性質上、登場人物の内面に踏み込むことができませんでした。それで2作目はもっと人間に寄ったものにしましょう、と編集さんからアドバイスされていたんです。人間を描くといっても私はキャラクター小説っぽい作り方が得意ではなくて、「背格好はこのくらいで、髪色はこうで」とゼロから架空の人物を生み出すような芸当はできない。それで自分の中にある矛盾した部分を、3人の主人公に振り分けることにしました。幽霊を怖がる自分、そんなものはいないと思う自分、どっちでも構わないから楽しみたいという自分。一番近いのは3番目のスタンスですが、両端に振れる時もあって結論は出ませんね。

――心霊スポット突撃系のユーチューブチャンネル「オカルトヤンキーch」のファンブック制作のため、池田にコンタクトを取った小林。2人は動画で取り上げられている廃墟の周辺情報を調べ、それらしい怪談をでっちあげていきます。

 廃墟の写真集を眺めていて感じるのですが、廃墟って決して怖い場所でも、禍々しい場所でもないんですよね。むしろディストピア的な美しさを感じることが多い。でもそこに人々が押し寄せて、落書きしたり事件を起こしたりすることで、結果的に忌まわしい場所になってしまう。どうも私はそういう展開の怪談に惹かれるようです。怪異そのものを怖がるというよりも、その周辺にまとわりついたノイズによって、怪異が変質していくことが恐ろしい。『近畿地方』にも『口に関するアンケート』にもそういう感覚があるので、私が気味悪いと感じるツボはそのあたりなのでしょうね。

――主人公3人はそれぞれ後ろ暗い過去を抱えており、お互い心を開かないまま、ファンブックの打ち合わせを続ける。人間のずるさや弱さ、醜さを見据えたエピソードが、本書をいっそう不穏なものにしています。

 ホラーの怖さとは違うのかもしれませんが、人間心理のままならなさ、どうしようもなさを描いた作品も大好きなんですよ。具体的なお名前をあげると、澤村伊智さんや辻村深月さん、芦沢央さんが書かれているような。口には出さないけどみんなが心の底に抱えているどす黒い部分を、えぐり出すような作品です。どこまで実現できたかは分かりませんが、今回はそういう人間の怖さも重要な要素として取り入れたいと思っていました。

――やがて3人の周辺で、不気味なことが起こり始める。読み進めていくとそれが非常にスケールの大きい、反復される怪異の一端であることが分かってきます。

 おそらく私は幽霊を、システムに近いものだと捉えているんですね。作中にも皿屋敷の話が出てきますが、本当に恨みを晴らしたいのであれば、直接相手の前に現れたらいい。でもそうせずに毎晩、井戸でお皿を数えている。システム上のバグのように、動機と現象の間にずれがある。そこが逆に怖いという気もするのですね。ただちょっと反省しているのは、後半がやや不親切だったかもしれないなと。『近畿地方』は探偵役がきっちり解説をしてくれるんですが、今回3人の主人公は各々が都合のいい解釈をしたうえで、それぞれが抱える気持ちにけりをつけたところで終わるんです。違う世界を見ていた3人が、最後まで交わらないというのも面白いと思ったんですが、納得できない読者もいたかもしれないですね。

――しかし説明しすぎると怖さが薄れますし、難しいところです。

 正解はないので試行錯誤するしかないのですね。『近畿地方』はネット怪談的な世界の先を書いてみたらどうなるか、という試みでもあったのですが、今回は「こんな晩」という都市伝説にもなっている有名な怪談のその後を書く、という狙いがありました。主人公3人があれこれやっている裏側で、「こんな晩」のパターンがくり返されていて、3人も知らず知らずのうちにそれに巻き込まれている。そういう気味悪さは、感じ取ってもらえるんじゃないかなと思うのですが。

『口に関するアンケート』(ポプラ社)

情報が絡みついて歪んでいくパターンが好き

――そして『穢れた聖地巡礼について』とほぼ同時に『口に関するアンケート』も発売されました。まさか背筋さんの第3作がこんなに早く読めるとは!

 もともとポプラ社のウェブ媒体から依頼されて執筆した作品で、それが急遽書籍化されることになりました。1万6000字くらいの短い作品なので、どのような本になるか心配だったのですが、とても素敵な形にしていただきました。

――文庫よりも小さいポケットサイズで、カバーも帯もないブックデザイン。そのシンプルさが目を惹きます。面白い試みですね。

 本文も3色まで使えるというので、色を使った仕掛けを施してみました。内容的には心霊スポットを訪れた大学生が怖い目に遭うというシンプルな話で、楽しく書くことができました。装丁や仕掛けも含めて評価していただいている声も多いので、読むだけに留まらないある種の「体験」として楽しんでもらえたのはとてもうれしく思います。

――結末にひねりがあって、『穢れた聖地巡礼について』とも響き合うような怖さが味わえます。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」といいますが、その何でもない枯れ尾花の周辺にさまざまな情報が絡みついて、元の形が分からないくらい歪んでしまう。やっぱりこういうパターンが好きなんですよね。これは墓地にある呪いの木が、長い年月を経て変質してしまうという話です。

――背筋さんが大のホラーファンであることは、作品のはしばしから伝わってきます。ホラーの原体験を教えていただけますか。

 小学校に入る前に読んだ、水木しげるの漫画ですね。『ゲゲゲの鬼太郎』とか『河童の三平』を夢中になって読むような子供でした。物心ついて最初のクリスマスプレゼントが、『鬼太郎』に登場する妖怪のフィギュア。夜光塗料がついた白いフィギュアで、子供心に「これは開封したら価値が下がる」と、箱に入れたまま光るフィギュアを眺めていました(笑)。同じ頃好きだったのは、ティム・バートンの映画です。『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』『フランケンウィニー』などのVHSを好んで観ていました。
 それと母親が読書好きで、結構な量の本が実家にあったんです。幼い頃は綾辻行人さんとか貴志祐介さんとか、怖そうな表紙の本を見るのが好きで、ひとしきり眺めてから本棚に戻す、ということをくり返していました。心のどこかではいけないことをしているという意識があって、そういう背徳感が余計にホラー的なものへの関心を掻き立てたのだと思います。

――『穢れた聖地巡礼について』『口に関するアンケート』を読んで、背筋さんが今後どんな作品を書かれるのか、ますます楽しみになりました。

 ホラーには幅広い魅力がありますから、一作ごとに自分の好きなホラーを表現できたらと考えています。今後も技法や枠にとらわれずに、作品のなかの物語性を評価していただけるようなものを書けるようにしていきたいです。末永く皆さんに愛されるようなホラー作家を目指して精進してまいります。