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「光を見た」書評 撮り続けることで不当を訴えた

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2024年10月12日
光を見た ハンセン病の同胞たち 著者:趙 根在 出版社:クレイン ジャンル:エッセー・随筆

ISBN: 9784906681662
発売⽇: 2024/05/30
サイズ: 18.8×2.5cm/336p

「光を見た」 [著]趙根在

 静寂の中で人間の切ない息遣いが響く。それが写真家・趙根在の作品だ。在日コリアン2世の趙は全国のハンセン病療養所を回り、主に同胞の患者たちを撮り続けた。1997年に亡くなるまで、撮影した写真は約2万5千点にも及ぶ。
 趙はなぜハンセン病患者を追いかけたのか、衝(つ)き動かしたものは何なのか。本書は彼の回想的自伝を中心に構成される。
 貧しい家庭に生まれた趙は中学3年から岐阜の炭鉱で働いた。その後、20代で上京、同胞が組織する芸術団で照明係となる。ハンセン病との出会いはそのころだ。慰問公演で向かった熊本県の菊池恵楓園(けいふうえん)。1800人の患者が在籍するハンセン病療養所である。百二十数人の同胞が生活していることも知った。
 ハンセン病への関心を強めた趙は61年、多磨全生園(東京)に足を運び、同胞の入所者から話を聞く。そこで、自らが働いてきた炭鉱にも通じる風景を見た。「太陽こそ頭上に輝いているけれど、人々は有形無形の壁に囲まれ、地底同様の闇にいるのだ」と感じた。
 病者に対する社会からの差別がある。特効薬の普及で感染性は消えていたにもかかわらず、ハンセン病患者は「強制隔離」の対象となっていた。しかも同胞の患者は「らい予防法」によって強制送還の対象ともなっていた。民族差別という現実が、病以上の苦痛を強いていたのである。
 趙は、この不当を写真で訴えるのだと決めた。カメラ操作の方法も知らぬまま、全国の療養所を回って、なりふり構わずシャッターを押し続けるのである。
 理不尽と苦痛のなかで必死に生きる同胞の姿に、趙は坑道の暗闇で光を求めた自らの少年時代を重ねる。そして、患者は趙の写真を通して自己肯定という光を見出(みいだ)す。
 苛烈(かれつ)な記録は、屈辱と差別を強いた日本社会の罪科をあぶり出すと同時に、うずくような思いで光明を探し続けた人々の姿をも映し出すのだ。
    ◇
チョウ・グンジェ 1933~97。元炭鉱労働者、写真家。写真集に『趙根在写真集 ハンセン病を撮り続けて』など。