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「わたしの農継ぎ」書評 人生そのものにも似た畑づくり

評者: 藤田結子 / 朝⽇新聞掲載:2024年10月12日
わたしの農継ぎ 著者:高橋久美子 出版社:ミシマ社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784911226094
発売⽇: 2024/09/17
サイズ: 1.8×18.6cm/240p

「わたしの農継ぎ」 [著]高橋久美子

 団塊世代の高齢化で空き家が増えているという。私も地方にある家の管理を後期高齢者の父から任されている。庭の草刈りは大変だが、土に触れ身体を動かすのは心から楽しい。毎日こんな生活がしたいなと思っていたら、本書と出会った。
 著者は地元・愛媛では農、東京では作家。チームで畑をしてバンド活動も、とある。私の親と地元も同じじゃんと、親近感がわいた。どんな二拠点生活なのだろう。
 著者は、愛媛の実家に帰省する度に田園風景が静かに太陽光パネルに変わっていく状況に心を痛め、仲間と農業をはじめたという。空き家だけじゃない。田畑も高齢化により手放され、景色が変わっていくのだ。
 祖父の代からのみかん畑を含め近所の畑を引き継ぎ、著者はサトウキビや野菜、果樹を育てている。最も農作業のしんどいのは夏。6月に草刈りをして東京に戻ったら、7月には蔦(つた)が伸び放題に。連日汗だくで畑の草刈りに追われる。
 それでも、せっかく育てた里芋はサルに食われる。みかんの木はもぐらにやられた。イノシシが土を掘り起こす。数々のエピソードが伝える自然の容赦のなさ。成し遂げたと思ったらすぐ元に戻されるのだ。
 農継ぎは田畑や地域を継ぐだけではない。実家の親と向き合うことでもある。著者の父は完全移住せずに農業をすることに反対。農業のやり方で父娘が衝突することも多い。そのうえ、農業は作業をする仲間とのチームワークや、近所の人々との付き合いも重要だ。
 ある晴れた日、畑の真ん中で子狸(だぬき)が死んでいた。著者は、畑で植物や虫や動物に向きあっていると、自分が自然の一部だと気づかされるという。死んだら同じように土に戻っていく。ほとんどのことが思うようになんていかない、と。
 畑づくりは人生そのものにも似ている。著者の奮闘に、来春は野菜を植えてみようと背中を押された。
    ◇
たかはし・くみこ 作家、詩人、作詞家。82年生まれ。著書に『その農地、私が買います』『ぐるり』など。