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吉田戦車さん「伝染るんです。」 社会現象から30年の新刊 不条理は「意識して変えた」

仕事机に向かうマンガ家の吉田戦車さん。飼い猫のマツとともに

 発端は2020年、東京新聞の広告キャラクターに、かわうそ君が起用されたことだった。ちょうどコロナ禍にあたり、「『伝染』という言葉が非常にシビアになっていて、僕もあちらも神経質な感じでした」と振り返る。4コマの連載は21年の春から。週末の朝刊にカラーで掲載された。

 「伝染るんです。」は1989年、平成の幕開けとともに「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載が始まり、瞬く間に社会現象に。あれから30年、作中でも現実と同じだけの時間が経ち、それがおのずと時代の変化を映し出している。

 「ざっくり30年分、みんな年を取らせた。あいまいですけどね。かわうそ、かっぱなんて妖怪と思っていただければ鬼太郎みたいなものなので」

 とはいえ、キャラたちの関係には微妙な変化が生じている。

 かわうそ君に泣かされる役回りだったかっぱ君は、カブトムシの斎藤さんが住むシェアハウスの大家さんに。「いじめられっ子的に描くのは、いまはもうアウトだろうと。『伝染るんです。』の中でも、最後の方はそうでもなかったと思うんですけどね」。かわうそ君の嫌みの矛先は、暴力的なキャラだった椎茸(しいたけ)に向けられる。

 コロナ禍でのマスク会食や渋谷のハロウィーンなど、時事ネタもときおり顔を出す。同じ新聞4コマでも、しりあがり寿さんの「地球防衛家のヒトビト」は積極的にニュースを採り入れるが、いしいひさいちさんの「ののちゃん」ではまったく扱われない。「どっちにくみするべきか考えましたけれど、どっちも無理なんですよね。でも、風刺は入れざるを得なかった。現代というものに対する風刺ですよね」

 かわうそ君が「人に好感を持たれる答弁差し控え術」と書いた看板を持っていたり、大人に「丁寧な説明」をする近所の子どもが出てきたりと、政治への風刺も入れた。

 「あまりいじわるにはならないように、でも、ほんのりと底意地のわるいというような(笑)。中学生も読む可能性があるので、そこら辺のさじ加減は考えましたね」

 一方で、代名詞だった不条理な要素は「相当消えている。それは意識して変えた部分だと思う」と話す。青年マンガ誌と新聞という媒体のちがいもあるが、「やっぱり、あれは若い頃の頭が作り出したものだったのかなと思います。バリバリの不条理はもう、自分の中にはないのかもなという気がします」と語る。

 だが、キャラたちとの再会で、気がついたこともあった。「不思議なもので、自分が作って描いているくせに、あ、変わってないなあという安心感はありました」

 時代とともに変わったことがある一方、変わらなかったこととは?

 「田舎っぽい、もうなくなったような風景にしっくりはまるというか。僕の故郷である東北とか、そういう地方の風景が似合う彼らなんだなと。その変わらなさは、今回もやっぱり出ちゃったんじゃないかなと思いますね」(山崎聡)=朝日新聞2024年10月16日掲載