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「ホラー映画の科学」書評 感情移入がつくる怖さと面白さ

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2024年10月19日
ホラー映画の科学 悪夢を焚きつけるもの 著者:ニーナ・ネセス 出版社:フィルムアート社 ジャンル:人文・思想

ISBN: 9784845923045
発売⽇: 2024/07/26
サイズ: 2.5×18.8cm/352p

「ホラー映画の科学」 [著]ニーナ・ネセス

 ホラーは苦手、とスキップするのはちょっと待ってほしい。たしかにホラー映画の話だが、人間の恐怖心のしくみがよくわかる本なのだ。
 ホラーは好き嫌いがはっきり分かれるジャンルだが、その差をわけるものはなんだろう。人がなにかを「生理的に嫌」というときの「生理」には、たいてい経験や学習の刷り込みも混じっている。それなら恐怖は学習で克服できる?
 本書は、ホラー映画の中で危機に瀕(ひん)したり切り刻まれたりする登場人物たちとその状況を見つめる観客、その双方の体のなかでなにが起きているのか、両者の脳や神経のメカニズムを解説しながら、恐怖についてのさまざまな疑問に迫っていく。恐怖体験のトラウマへの対処法は? メディアの暴力シーンは人間を暴力的にする? 私たちはなぜストレスを感じつつ怖いものを楽しむのか?――さまざまな実験結果は、科学による解明よりも、科学のあてにならなさを露呈する。
 ホラー映画の研究本としても秀逸だ。ホラーを論じた本の大半は、有名な作品のテクスト分析か細分化されたジャンル論かガイドだが、本書は作品内容にはさほど踏み込まず、年代ごとのトレンドの波と世相の相関関係(9.11以降に拷問ものが増えたなど)や、悲鳴や怖さを感じる音の周波数や血糊(ちのり)といったホラー特有の要素や描写(好みの質感の血糊について考えたことはある?)を、300近い作品から包括的に検証しているところが新しい。ホラー映画ファンの著者による独断的な感想や思い入れが入り交じる語り口も、愛に溢(あふ)れて微笑(ほほえ)ましい。
 ホラー映画作りには共感、同情、同一視の要素が必要だと著者はいう。追われる者と追う者、正反対のキャラクターの視点を切り替え、双方に感情移入させることで怖さと面白さを生む。そこはエンパシーのめくるめく実践場、観客自身の恐怖を解き放つことのできる悪夢なのだ。
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Nina Nesseth カナダのオンタリオ州を拠点とする生物学者で科学コミュニケーター、ライター。本書は初の単著。