
ISBN: 9784087718799
発売⽇: 2025/03/05
サイズ: 13.4×19.4cm/432p

ISBN: 9784087700015
発売⽇: 2025/03/05
サイズ: 13.4×19.4cm/432p
「世界99」(上・下) [著]村田沙耶香
「小さな分裂を繰り返しながら、私は生きている。」
冒頭の一文から引き込まれ、上下巻を読み終えるまであっというま。ダム並みの超巨大な言葉の攪拌(かくはん)機に投げ込まれたかのような、激烈な読書体験だった。
語り手の如月空子(きさらぎ・そらこ)は、幼いころから対話相手の言葉や態度に「呼応」し、それをまるごと「トレース」し、相手に望ましいと思われるいくつもの人格に分裂して生きてきた。そのふるまいは極端には思えるけれど、特別おかしなことではない。程度の差こそあれ、私たち人間は相手に合わせて人格を調整し、できるだけ穏便にその場をやり過ごそうとするものだ。
でも、極端、という印象は違うとすぐに気づく。ページを繰るごとに、全方向から平手打ちをくらうような衝撃がある。この世を生きるにあたり、できるだけふんわりさせておきたかったこと、言葉にされたくなかったことが、ここでは見事に、容赦無く、言葉にされている。痛快というより、ひたすら身に沁(し)みて痛い。おそらく著者は、私たちの無意識のふるまいを、極端にではなく、ただごく丁寧に書いているだけなのだ。作中に張り巡らされている搾取の連鎖には、猛烈な怒りや恥ずかしさを覚える。とはいえその反応も、一読者としての適切な感情を仮定し「トレース」しているだけなのではないかと、自分の感情がどんどん信用ならなくなっていく。
分裂を繰り返し30代を迎えた空子は、所属するコミュニティに世界①②③……と番号を振り、各々(おのおの)の世界に適応した人格を生きている。かつては単なる人工愛玩動物だった「ピョコルン」に性欲処理と出産の機能が備えつけられたことで、「人間家電」として生きる女性たちはその荷から解放されるかと思いきや、事態はそう単純ではない。目まぐるしい価値観の反転を経て、あらゆる場で「クリーン」であることが追求され、差別や憎悪といった「汚い感情」は蔑(さげす)まれ、性愛も生殖もケア労働もピョコルンに押し付けなければ成立しなくなった社会が行き着くのは、人類から世界への媚(こ)びの集大成ともいえる壮大な「儀式」だ。
啞然(あぜん)としながらどこか納得もしてしまう。バラバラに分断され憎しみあう無数の世界が併存する未来と、公平均質で「汚い感情」は一切存在しない未来、私たち人類はどちらを望めばいいんだろう? でもその望みも結局のところ、私たちが何かに「呼応」し何かを「トレース」した望みにすぎないのではないだろうか? 何千年後の未来を生きる人類に、この作品を差し出して答えを聞いてみたい。
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むらた・さやか 1979年生まれ。小説家。『授乳』で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、『コンビニ人間』で芥川賞。著書に『殺人出産』『信仰』など。