1. HOME
  2. コラム
  3. ひもとく
  4. 戦争の罪を裁く 21世紀の闘いと国際刑事裁判所 越智萌

戦争の罪を裁く 21世紀の闘いと国際刑事裁判所 越智萌

米トランプ政権が制裁対象にした、国際刑事裁判所の赤根智子所長。認定NPO法人「CALL4」のイベントで=6日、東京都港区

 「戦争犯罪」や「ジェノサイド(集団殺害)」との語が戦後の日本で新聞紙面に溢(あふ)れたのは、ベトナム戦争やルワンダ内戦といった、大規模な紛争を報道する文脈であっただろう。近年、これらの語は、「国際刑事裁判所(ICC)」という新たなキーワードと共に報道されるようになった。

「中核犯罪」とは

 ICCが対象とする犯罪は四つに限定され、「中核犯罪」と呼ばれる。ジェノサイド、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪だ。これらに対して「闘う」という言葉を選ぶことは、この分野ではもはや伝統になりつつある。

 「不処罰との闘い」は、内戦や独裁政権下に大規模暴力が蔓延(まんえん)した冷戦下のパワーポリティクスの陰で、うやむやにされてきた個人の責任を何とか白日の下にさらし、適切な罰を与えるべきだとのスローガンとして、国連などの国際舞台で掲げられた。そしてこの「闘い」は21世紀になっても続いている。

 『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』(文春新書・1045円)は、その闘いの矢面に立つ、ICC現所長である、赤根智子氏の著書だ。本書で最も引用されるのは、赤根氏が昭和日本の検察という組織の中で女性として生き抜いた苦難と、ICC検察局がアメリカのCIA職員に捜査の手を伸ばそうとしたときの議論であろう。

 国際機構における司法とは何か、そこで日本人として働くとはどういうことか。逆境に鍛え抜かれたプロフェッショナリズムと国際社会のダイナミクスのひりつく対立が感じられる刺激的な本である。

 ところで、赤根氏の本のタイトルを「戦争犯罪」としていることからもわかるとおり、日本ではICCの訴追対象である「中核犯罪」の概念が浸透していない。「侵略犯罪」という語に対しては、アレルギー反応がでる日本人も多いだろう。

 他方で、ロヒンギャ問題やガザ問題で注目される「ジェノサイド」と、その陰に隠れた「人道に対する罪」の関係をドラマティックに描くのが、フィリップ・サンズ『ニュルンベルク合流 「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源』(園部哲訳、白水社・5720円)である。

 著者は最も著名な国際弁護士といってよい国際法実務のスターで、最高のライターの一人でもある。本書は、集団そのものを消そうとするジェノサイドの独特の概念を生み出したレムキン、集団ではなく個人の権利を組織的・大規模に侵害するという人道に対する罪の概念を定着させたラウターパクト、ナチスに協力し虐殺を指導したフランクの3人の人生が交錯した、ウクライナ西部のリビウを起点に、これら犯罪の概念の起源と意義を問う。

 ICCの研究は、法学だけでなく政治学の文脈でも盛んになってきている。藤井広重『現代アフリカの対外政策と国際刑事裁判所 司法介入に対するアフリカのバックラッシュ』(晃洋書房・5280円)は、現代におけるICCに対する不信感を作り出した、2000年代後半からのICC活動初期におけるアフリカからの反発を描く。

反発の背景には

 まさか自分が訴追されるとは思わずに加盟したアフリカ諸国の政府高官らは、自らに訴追の目が向けられた途端、反ICCキャンペーンを展開した。ケニアでは、証人らは殺害され、脅迫され、買収され、ICCは訴追を断念せざるを得なくなった。南アフリカは、外交関係を優先し、ICC逮捕状が出ているスーダン大統領を逮捕しなかった。

 「新植民地主義の道具」だとしてICCを批判したアフリカでの議論の背景となった具体的状況への理解は、昨今の米国による「ICC解体」論や、ロシアやイスラエル高官の不逮捕の問題を理解するために不可欠である。=朝日新聞2026年9月26日掲載