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砂村かいりさんの読んできた本たち(前編) 津原やすみ「星からきたボーイフレンド」に撃ち抜かれた少女時代

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就学前から本の虫だった

――いちばん古い読書の記憶を教えてください。

砂村:幼稚園の年長になるまで両親とともに祖父母の家で暮らしていたので、その家で読んだ記憶のある本になります。いちばん古いかはわかりませんが、まず『おばけのバーバパパ』のシリーズが大好きでした。家に全冊揃っていたわけではないんですが、駅前のデパートの中に児童図書館が入っていて、そこから借りたりもしました。

 「バーバパパ」シリーズはフランスのアネット・チゾンとアメリカのタラス・テイラーという絵本作家夫婦が作者で、日本の絵本にはないような、微妙なくすみが入った色使いが特徴的なんですよね。ピンクはピンクでも、白みピンクにわずかにグレーが入っているような色味で、子どもながらに美しいなと思っていました。「バーバパパ」シリーズは今でも結構グッズが出ているので、見つけると買ってしまいます。文房具とか。

 ジョン・バーニンガムの『ねえ、どれがいい?』も図書館で借りた記憶があります。究極の選択を迫ってくる絵本なんです。お城で食事か気球で朝ごはんか、どっちがいいか、みたいな素敵な選択肢もありますが、水をかけられるのと泥んこになるのとどっちがいい? のようなどちらも嫌な選択肢だったりもして。それがどんどん残酷なものやえぐいものになっていくんです。絵本って子どもにポジティブなものを与えるものだと思われがちですが、早期にそれを覆された感がありました。シュールな絵本でした。

 かこさとしの『からすのパンやさん』と、パン屋さんの子どもが大きくなってお菓子屋さんを開く『からすのおかしやさん』も好きでした。描かれているパンやお菓子がとにかく美味しそうで、非常にそそられました。大人になってから思うのは、これってビジネスの話、企業サクセスストーリーでもあったんだなということです。子どもたちは4羽いて、その中のチョコくんがおかし屋さんになるんですが、他の子たちが蕎麦屋さんや八百屋さん、てんぷら屋さんに関わってゆく作品も後年刊行されました。出てくる食べ物も表現も多彩で、からすたちがいきいきと商売をやっている姿に魅せられました。

 あとは馬場のぼるの『11ぴきのねこ』シリーズ。これは有名ですよね。これも今でもグッズが展開されていて、見つけると買ってしまったりします。シリーズにはハッピーエンドの話とアンハッピーエンドの話が半々ずつあるんですよね。最初の『11ぴきのねこ』は、大きな魚をたいらげて満腹になって終わるけれど、悪い企みをして罰が当たって終わる話もある。子どもに夢を見せないというか、甘くない現実を描いたものだったなと思います。『からすのパンやさん』シリーズも『11ぴきのねこ』シリーズも、大人になってから全巻揃えました。

 他には定番の『ぐりとぐら』、『はらぺこあおむし』、『おしいれのぼうけん』、『ももいろのきりん』や『きんぎょがにげた』......。今思うと『きんぎょがにげた』の五味太郎さんの絵本も、他のものにはない独特な色彩感覚に惹かれていました。

 それと、松谷みよ子の「モモちゃん」シリーズは、幼くして最初に触れた文学じゃないかなと思います。

――『ちいさいモモちゃん』『モモちゃんとプー』『モモちゃんとアカネちゃん』などのシリーズですね。

砂村:モモちゃんのお父さんとお母さんが離婚するんですよね。幼児でも読める作品に、当時はおそらくタブーとされていた離婚というテーマを盛り込んだ松谷みよ子は本当にすごいなと思います。しかもその表現が秀逸なんですよね。夜中にお母さんがお父さんの帰りを待っているんだけれども、お父さんの靴だけが戻ってくるとか、お父さんの不倫相手のメタファーとして「金色の宿り木」と言い表したりとか。今思い出しても鳥肌が立つような表現がありました。松谷さんの作品は『オバケちゃん』も強烈に印象に残っています。これは明るいキャラクターと夜の雰囲気が絶妙に溶けあったシリーズで、後に青い鳥文庫で買い揃えました。昔好きだった絵本や児童文学は大人になってから買いまくって、大人の視点で読み返したりしています。

――絵本や児童文学以外によく読んだものはありましたか。

砂村:幼児期から動物図鑑や昆虫図鑑を結構観ていました。カタツムリの殻の中にマイマイカブリが頭を突っ込んでカタツムリを溶かして食べたりとか、体内に蜂の卵を産みつけられた青虫が、孵化と同時に幼虫たちに内側から全身を食い破られたりといった、グロテスクな写真や説明を「怖いよ」と思いながら眺めていました。水辺の生き物の飼い方の本はボロボロになるまで読みましたね。家に実際ザリガニやヤドカリなどもいましたが、飼う予定のない魚や両生類の飼い方も熱心に読みこんでいました。

 それと、『からだのひみつ』『恐竜のひみつ』『宇宙のひみつ』の3冊の漫画も、就学前から読んでいました。恐竜の名前を全部覚えて太古に思いを馳せたりしましたね。人体の構造や機能もその本で覚えましたし、今でも宇宙がすごく好きなので、そこは本を与えてくれた親に感謝しています。歴史上の人物や世界の偉人の人生を漫画にしたものなどもよく読んでいました。
思えばこの時期から、創作の種みたいなノートを作っていました。テレビで耳にしたアイドルの歌の歌詞を書き留めたり、1ページくらいのお話を書いてみたり、イラストを描いてみたりして。アイディアノートというほどではないですけれど、思いついたことを書き留める癖はこの頃からあったようです。

 幼児期はこんな感じです。

――では、小学校に入ってからは。

砂村:小学校に図書室があるので、読書がめちゃめちゃはかどりました。好きだったのは、寺村輝夫の『ぼくは王さま』シリーズ。シュールな物語とシンプルでほっこりする絵柄という、独特の世界観がたまらなかったのを憶えています。

 これはみなさん読んでいると思いますけれど、矢玉四郎さんの『はれときどきぶた』『あしたぶたの日ぶたじかん』『ぼくときどきぶた』も好きでした。

 児童館にあった図書コーナーもよく利用していました。そこで江戸川乱歩の少年探偵団のシリーズを借りて読んだりもしました。

 世界の児童文学にも手を伸ばしていきました。ブライトンの『おちゃめなふたご』は、イギリスの女子高校生の、寮生活の話なんですよね。親元を離れて友達と食事も勉強も就寝も共にするという、自分には想像もつかない生活の様子が新鮮でした。寮には多彩なキャラクターがそろっていて、飽きない展開に魅せられました。

 自分もそういう話を書いてみたいなと思い、いろんなキャラクターを考えてノートに書き留めましたね。外国人っぽい名前をつけた十数名の少女たちを誕生させていました(笑)。この時期は、憧れるとすぐに真似していたんです。

 あとはリンドグレーンの『長くつ下のピッピ』。ピッピの奔放さや、自分の日常とはかけ離れた暮らしに想像力をかきたてられ、強烈に憧れました。海外の児童文学の女の子が活躍する話から、めちゃくちゃ刺激をもらっていたと思います。

 同じ頃に『赤毛のアン』も読みました。わたしが持っていたのは村岡花子訳のもので、子ども向けにリサイズされたものなどいろんなバージョンで読んでいました。大人になってから、『赤毛のアン』から『アンの娘リラ』まで、新潮文庫版を大人買いしました。

 それと、ハウス食品提供の「世界名作劇場」で放送していた「愛の若草物語」。アニメを観て大好きになり、オルコットの原作が気になって読みました。四姉妹の中でも体の弱い三女のベスに感情移入していました。その時に読んだのは子ども向けのバージョンで、大人になってちゃんと読んだら、アニメも子ども向けの本もかなりマイルドにしてあったことを知りました。原作にはかなり壮絶なエピソードやえぐい展開もあるんですよね。

――少女が主人公の海外文学を多く読まれていますが、少女小説は読まれましたか。

砂村:小学4年くらいから少女小説に触れ始めました。当時、小学4、5年生になるとクラスの女子はみんな朝の読書時間に講談社X文庫ティーンズハートを読むようになって、わたしも「こういうのが流行っているんだ」と影響されて。手に取ってみたら、あっという間にはまりました。

 まず折原みとから入ったのかな。『桜の下で逢いましょう』から始まる三部作があって。それぞれヒロインが変わるんですが、いずれも天使の男の子と恋をする話なんです。相手が天使だから叶わないに決まっていて、もうめちゃくちゃ泣きました。今でもわたしは恋愛小説を読むし、自分でも書きますけれど、この頃の少女小説の名作って本当にすごかったと思います。

 小林深雪や花井愛子も読みました。ティーンズハートブームの火付け役でもある花井さんは当時、毎月のように出版されていて、この頃をふりかえる本も出されていますよね。『ときめきイチゴ時代 ティーンズハートの1987-1997』とか。花井さんの『山田ババアに花束を』は、映画作品も観に行きました。高校の厳格な女性教師と、彼女と敵対する奔放な女子高校生の体が入れ替わる話です。

 なぶらひみも好きでしたね。『おしかけデストロイヤー』とか『異星人ハンバーガーデート』とか。キレのある文体や飽きさせない展開に夢中でした。もう本当に、おもしろい少女小説がいっぱいあるんです。

 ......というのは前フリでして。

――はい。

砂村:これは各所で話しているんですが、少女小説でいちばんはまったのは、津原やすみさんです。

津原やすみ作品のすごさ

――津原泰水さんが、津原やすみ名義で少女小説を書かれていた頃ですね。

砂村:ひらがな表記だったお名前を漢字表記にして男性であると明かし、一般文芸を書き始める前ですね。この時代は少女小説を書かれていて、代表作として「あたしのエイリアン」シリーズがあります。ご本人は最初シリーズにする気がなかったらしいのですが、あまりに人気になって、5作目くらいの時点からシリーズ名がついたという。

 第1作目が『星からきたボーイフレンド』なんですけれど、もうこれ以上のSF恋愛小説みたいなものには出会えないです、というくらい、本当に本当にすごかったんです。小学生でも読めるけれど、もう大人の世界なんですよ。

 設定が本当に細やかでリアリティーに裏打ちされていて、知性があふれているんです。主人公は千晶という女子高生で、ある夜、宇宙人の男の子が落ちていたのを拾って帰るところから始まります。千晶は男の子にとりあえず「ホシオ」と名付けるんですが、ホシオの祖国の言語は固有名詞が長いという設定があって。もといた星の名前は「シジジシジシシュ」で、ホシオの本当の名前は「デュディディデデデデュデュディデダ」っていうんですね。で、ホシオの恋人の名前が「リュリリルリリュライア」っていう。

――今、すらすらとおっしゃいましたね。

砂村:そういう名前をなんなく憶えさせてしまうくらい魅力的な世界なんです。逆に普通名詞は短くて、「恋人」は「テ」と一文字なんですね。その設定が異常にリアルで。後からやってきた同星人と会話する時に、ホシオが千晶のことを「テ」なのかと訊かれ、「テ?」「いや、テ」みたいな会話があって。微妙に発音やアクセントに違いがあるという。子どもながらに、これはめちゃめちゃ高度に知的なことをやっているなと思いました。

 とにかく「あたしのエイリアン」は、著者の知性や言語感覚に頭をぶん殴られるようなシリーズでした。『星からきたボーイフレンド』『地球に落ちてきたイトコ』『ボクの理科室へおいで』といったタイトルも、それぞれ何かのオマージュだったりして。

 少女小説というと「はいはい、恋愛ね、好きだの嫌いだのばっかりの小説ね」みたいな反応をする人もいると思いますが、そうじゃないんです。「あたしのエイリアン」シリーズは、ファンタジックにして異常なまでにリアルな設定やら、物語のスペクタクルやらが凄まじくて、それでいて普遍的な人の思いや言動を丁寧に鮮やかに描ききっていて、得られる滋養がただごとではなく、本当に撃ち抜かれました。

 シリーズが進んでいくと、千晶は大学に落ちて浪人するんですよね。わたしは今年『飛距離の長い青春』という浪人生たちを描いた作品を上梓しましたが、思えばここで初めて浪人というものを知りました。ホシオのほうが先に大学に受かるんですよ、宇宙人なのに。学習能力や順応力が高くて、あっという間に地球人の言葉や習性に馴染み、勉強も千晶よりもできるようになって、という。

 それと、わたしはその頃田舎に住んでいましたから、東京の高校生の生活というのが新鮮でした。喫茶店でお茶をする文化があるんだとか、ブティックで洋服を買うんだとか。今でも一字一句憶えているのが「でもコーヒー一杯五百円は高いと思うわ」というモノローグ。そんなふうに、一般的なものの相場を教えてくれる作品でもありました(笑)。

 それと、彼らが住んでいるのは東京の23区ではなくて、黄色い電車の走る私鉄沿線という設定だったんです。わたし、18歳の時に東京に出てきて住んだのが西武池袋線沿いの清瀬という町で、デビュー作の『アパートたまゆら』の舞台にもしているんです。住み始めた頃にふと、「あれ? ここって23区ではなくて、黄色い電車しか停まらない私鉄沿線じゃないか!」と気づいて。親近感をおぼえてテンションが上がりました(笑)。

 「あたしのエイリアン」の話が本当に長くなってしまうのでこのあたりにしないといけませんが、もう少し。一浪した千晶が大学に受かったところで「あたしのエイリアンEX」という新しいシリーズが始まり、世界線はつながっているものの主人公が変わるんです。千晶やホシオが出てこないまま、シリーズは完結してしまいました。ですがそこから何年も経って、津原やすみから津原泰水名義になって出された『クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』という青春犯罪小説に、この「あたしのエイリアン」シリーズのある登場人物がちらっと出てくるんです。千晶やホシオの名前も一瞬出てきます。もう、ティーンズハートから追ってきた世代の読者を泣かせるんですよ。知らない人は別に知らなくても読めるんですけれども。

 このシリーズは本当に本当に本当にすごいので、機会があればぜひ。

――めちゃくちゃ読みたくなります。

砂村:長くてすみません、もうひとつだけ。千晶の浪人時代の始まりを描く『悲しみがいっぱい』という作品で、千晶が浪人生だからあまりおしゃれはしない、というくだりがあって。わたし、その中にあった「質実剛健スタイルだ」という言葉を『飛距離の長い青春』の中でそのまま使いました。そうした四文字熟語をはじめとする語彙も、なんなら「語彙」という語彙さえも、津原やすみ作品から得てきました。

幸福な読書空間

――その後の読書は。

砂村:ティーンズハートと双璧をなしていた集英社のコバルト文庫では、藤本ひとみの「まんが家マリナ」シリーズにはまりました。「万年崖っぷち三流まんが家」で、容姿がよいわけではないマリナがいろんな事件に遭遇するのですが、彼女が毎回、ハイスペックなイケメンにモテまくるんです。マリナの本命はブレずに和矢という幼馴染みなのですが、絶世の美青年が次々に現れて、一緒に困難に立ち向かううちにみんなマリナのことを好きになっちゃうんですよね。事件も殺人から古代ローマへのタイムスリップまで、実に多彩で。これもシリーズを全巻揃えていたんですけれど、『まんが家マリナ恋心事件 愛は甘美なパラドクス』まで来たところで、別のシリーズに切り替わってしまったのが残念でした。津原やすみ作品も藤本ひとみ作品も、多感な時期にのめりこんでいたので、自分にとって青春時代の根幹にある作品群という位置づけです。

――漫画は読みましたか。

砂村:そうですね。「りぼん」や「なかよし」の作品がどれも大好きだったんですが、母親に少女漫画を禁止されてしまって。公文やピアノの帰りに祖母の家に立ち寄って夕食を食べて帰る習慣があったのですが、あるとき祖母が「りぼん」を買ってきてくれたんです。付録にノートがついていて、豪華だからと言って。それで姉と一緒にむさぼり読んだんですけれど、それを3号くらい繰り返した頃に、母に見つかってめちゃめちゃ怒られて禁止されました。それでもおばあちゃん家なら読める、という抜け道はありましたが。

 その頃特に好きだったのは、岡田あーみんのギャグ漫画『こいつら100%伝説』。もう、お腹がよじれるくらい笑いました。これも個人の好みですけれど、あれほど振り切ったシュールな笑いと教養や知性を感じさせる、はちゃめちゃにおもしろい作品を描く漫画家さんって、その後見かけなかったのではと思うくらい。わたしは岡田あーみんのすごさは国宝級だと思っています。そのあとの『ルナティック雑技団』もめちゃくちゃおもしろかったです。

 あとは「りぼん」で『ちびまる子ちゃん』の原作も読んでいて、アニメも観ていました。クラスの男子たちもあのアニメは観ていたのが印象的でしたね。そういえば付録か別冊かなにかで、岡田あーみんとさくらももこがコラボした漫画がありました。今思うと豪華すぎて、信じられないです。

――ところで、公文に通われていたんですね。

砂村:小3くらいから姉と一緒に公文に通って英語と数学を習い、早々に英検をとり始めていました。姉より先にプリントが終わった時に、待っていられるスペースがあったんです。畳一畳ぶんくらいのスペースにパイプ椅子が一脚置かれていて、それを取り囲む三方の壁に本棚が取りつけられているんですね。今思えば、教室運営をしていた先生のセンスで揃えられた本たちだったんですが、小学生が読んでおくべき児童文学からちょっと昔の少女漫画までがずっしりと詰め込まれていて、宝箱の中にいるようでした。いつも姉より先に自分のプリントを終わらせて、そこで本を読みながら待っていたんですが、もう夢中でしたね。手あたり次第に読んでいました。世界の名作みたいなものはだいたいそこで読みました。グリムやイソップも一通り読んで、実際のおとぎ話って結構残酷なんだなと知りました。読書環境として本当に、たまらなかったです。

――そうやって読書の幅を広げていったんですね。

砂村:はい。星新一を読み始めたのも、たぶん小学校の高学年くらいだったと思います。超有名な『ボッコちゃん』に始まって、『ようこそ地球さん』とか『エヌ氏の遊園地』とか。あまりにおもしろいので、のちに大人買いして、黄緑の背の新潮文庫を全部揃えました。この頃からSFってすごいなと感じていたし、宇宙人と接触する話や博士が何かを発明する話が好きだったんですよね。星新一って、今を予見していましたよね。よく言われるのは「声の網」というショートショートで、あれは後に出てくるインターネットのことが書かれている。ホログラムで出てくる恐竜や怪獣にキックやパンチをするゲームの話もありますが、その後Wiiが出てきている。全国民に番号が振り分けられて、何をするにも番号を問われる話は、今思うとマイナンバーなんですよね。どれも予見しているし、話自体もきっちりおもしろいし、本当に偉大な人だったなと思います。言葉や表現に無駄がないところ、それでいてちゃんと余韻を感じさせるところもすごく好きでした。大尊敬しています。

――その後、ご自身でお話を書いたり絵を描いたりはされていたのですか。

砂村:小4の時に、学校のクラブ活動の時間に絵本クラブに入って、自分の絵本を作りました。といっても、ホチキスか何かで留めたような簡単なものですが。当時、緑色が好きだったので、「緑の国」という物語を書きました。緑色が大好きな「緑」という名前の女の子が、緑一色しかない国に行くんです。イラストも最初はカラフルで、途中からは全部緑になっていく。緑だけの国で満足して、最初のうちは多幸感いっぱいに過ごしているのですが、だんだん違和感を抱き始めて、やっぱり元の世界に戻ることを所望し、またいろんな色があるこの世界に戻ってくるという話でした。

――まさに、多様性の話じゃないですか。

砂村:小5、6の頃にはクラスの友人と創作小説と創作漫画を同時進行でノートに書いて、交換して読み合っていました。ノートを何冊消費したかわからないくらい続けました。これも親に見つかって気まずい思いをするのですが(泣)。

 あと、作文コンクールでよく入賞していたんですが、嫌な記憶があります。小3か小4の時に『ごんぎつね』の感想文を書いて母に見せたら、「こんなの駄目」といってぱーっと消され、書き直されてしまったんですね。逆らうこともできずそれを提出したら、入賞しちゃったんです。わたしは自分の言葉を取り上げられた気持ちで、自尊心というか、自分の魂みたいなものがズタボロになりました。

 自分の言葉で書かないと何の意味もないという気持ちは揺らぎません。のちにカクヨムコンの恋愛部門で11週連続1位になった時、「自分で複数のアカウントを作って星を入れているんだ」とか「業者を買っているんだろう」などとネットに書きこんだ人たちがいましたが、わたしは実力以外のものを使って結果だけ出すことに何の価値も感じないんですよ。自分の魂に嘘ついてどうするんですかね。それをあたりまえに思わない、信念もプライドもない人が存在するんだなとその時、知りました。

中学生時代の読書生活

――中学時代の読書生活は。

砂村:中2の時、担任の女性の先生が、学級文庫に自宅から持参した本を置いてくれたんです。その中で、筒井康隆に初めて触れました。まず『笑うな』を読んだんですよね。なんてシュールでおもしろいんだと痺れてしまって、そこから自分でも買うようになり、有名な七瀬シリーズも読みました。『家族八景』、『七瀬ふたたび』、『エディプスの恋人』ですね。その学級文庫には赤川次郎のミステリもたくさんありました。公文の本棚にも赤川次郎はあったので、この時期、浴びるように赤川作品を読んでいました。中でも「天使と悪魔」シリーズがおもしろかったですね。天使と悪魔が一致協力して殺人事件の犯人捜しに乗り出すという。

 学級文庫にあった中では、景山民夫の『遠い海から来たCOO』も印象に残っています。自分は恐竜が好きな子どもだったので、フィジーの海で少年が恐竜の赤ちゃんを拾うという冒頭からわくわくして引きこまれました。映画版も観に行きました。

 やっぱり、ファンタジーやSFが絡むものが好きだったんですね。自分ではそういうジャンルを全然書かないので不思議ですよね。でもファンタジーって、想像力を広げてくれる装置みたいな役割をするんじゃないかと思っています。子ども時代にそういう要素に触れてきたことが、今の自分にものすごく大きく作用していると思います。

 それと、これは家の本棚にあったものですが、北杜夫の『ぼくのおじさん』。小学生の「ぼく」のおじさんが、本当に冴えない人なんですよね。子どもに尊敬されない大人を主人公にして書くというシュールさがおもしろかった。文学ってこういうアプローチもあるんだなと知りました。その後、北杜夫にどんどんはまっていって、エッセイの「どくとるマンボウ」シリーズも読みましたし、小説の『夜と霧の隅で』や『怪盗ジバコ』など、さまざまに楽しみました。

――海外作品は読みましたか。

砂村:中学時代には、幼い頃に触れた名作を大人向けの体裁のもので読み返していました。『赤毛のアン』とか『若草物語』とか『あしながおじさん』とか。『赤毛のアン』は、マシューが死ぬところで本を伏せて号泣しました。マシューが「1ダースの男の子より女の子のお前がいいんだよ」「俺たちの娘はアン・シャーリーなんだよ」と言って......もう、いつ思い出しても泣いちゃいます。

――中学時代、部活はどうされていたのですか。

砂村:美術部に入って、油彩画や水彩画を描いたりしていました。けれど、アニメおたくの友人たちがノートにイラストを描く以外はひたすらお喋りに興じていて、それに影響されて自分も真面目に筆をとらなくなってしまって。そのことはだいぶ後悔しています。

 油彩と水彩はちょっとずつ作品を完成させましたが、本当は小学生の頃から漫画家になりたい気持ちがあったんですよね。でも、親が漫画を読むことはおろか描くことも禁止していたんです。特に母親が、少女漫画を嫌悪していました。主人公たちが恋愛しかせず、好き嫌いばかり言い合っているイメージを持っていたようです。少女漫画ってそれだけじゃないのに。母は、子どもが性的に成熟することを異常に怖がっていたところがありましたね。画材屋でGペンやインクを買って机の引き出しにそっとしまっていたんですけれど、母に見つかるといけないので、とうとう一度もペンをインクに浸すことはしませんでした。今ではそこまで怖れなくてもよかったのにと思うけれど、当時はどうしても抗えない圧を感じていました。子どもの机の中まで全部見るような親だったので、まったくプライバシーが守られなかったんです。わたし宛に友達から手紙が届くと勝手に封を切って読むくらいの人でした。交換日記も全部読まれていました。だから、こっそり漫画を描いても見つかって文句を言われるんだろうと思い、鉛筆でさささっと絵を描いてすぐ捨てる、みたいなことしかできなかったですね。

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