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「腸の文化史」書評 お腹の音の感慨から壮大な旅へ

評者: 美村里江 / 朝⽇新聞掲載:2026年10月03日
腸の文化史 ざわめく腸がすべてを決めてきた 著者:エルサ・リチャードソン 出版社:太田出版 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784778341305
発売⽇: 2026/05/27
サイズ: 18.8×2.3cm/288p

「腸の文化史」 [著]エルサ・リチャードソン

 撮影中に役者やスタッフの「お腹(なか)の音」でつい笑ってしまい、現場が和む瞬間があります。お馴染(なじ)みの〝あの音〟は「ボルボリグミ」というのか……。そんな感慨から始まった本書の旅は実に壮大です。
 「古代から現代にいたるまで、医師、政治家、作家や哲学者たちは一様に自信を持って、胃腸についてのユニークな意見を書き残している」。一方、20世紀末から医学的発見が続くものの、「腸に対する人々のイメージ」は18世紀からさほどアップデートされていない、と著者はいいます。
 『種の起源』のダーウィンの祖父は医師で、患者の少女のボルボリグミを抑えるため、夕食後に黒胡椒(こしょう)を10粒飲むなど独自の処方をしました。それ以前の16世紀後半には「腹」が魂より上位に置かれていた、という聖職者の話もあり、意外性が増します。
 しかし、過食や早食いを避け、決まった時間に食べるべし、というキリスト教の方針は11世紀には見られます。それらの弊害、快・不快を人類が動物的に感じ続けてきた歴史があってこそ、近年の「腸脳相関」の発見に至ったのかもしれません。
 第8章「腸が占う未来」では、医学と魔術や占いの歴史に重なる部分があるとわかります。紀元前44年のユリウス・カエサル暗殺が獣の内臓をみる「腸卜(ちょうぼく)」で予言されたこと、排泄物(はいせつぶつ)占いのような尾籠(びろう)な話も登場しますが、近代医学に繫(つな)がると一気に理解が深まり、「消化という汚れ仕事を引き受ける器官が(略)一人の人間のライフコースに想像以上の大きな役割を担っている」と痛感。
 パック詰めサンドイッチ発売がランチの「ながら食べ」を促進した、との指摘も。その最先端は一食に必要な栄養素を一つの食品で満たす現代の「完全栄養食」でしょうか。最新の人類の食物はどう? 言語以外で腸と意思疎通してみたくなる読後でした。
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Elsa Richardson 英国の歴史家(近代英国の都市文化と身体の歴史)。日常的な身体の違和感に注目した研究で知られる。
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実川元子訳