ISBN: 9784867931646
発売⽇: 2026/09/29
サイズ: 13.2×18.9cm/288p
「評伝 小栗忠順」 [著]森田健司
福島県の会津地方で郷土史家に取材したときのこと。「お国は?」と尋ねられ、桑名ですと私が答えたとたん、その方の表情が変わった。「桑名でしたか。戊辰戦争では会津藩士ともども大変な目に遭われましたね」
会津と桑名は藩主が兄弟で、最後まで幕府側についた。薩摩や長州が主体の新政府軍からは「賊軍」「朝敵」と呼ばれ、会津の戦いでは桑名藩士も多くが落命。戦火がやんだ後も、会桑2藩の元士族には暮らしに窮する者が少なくなかった。
本書が取り上げる小栗上野介忠順(ただまさ)(1827~1868)も「逆賊」「朝敵」との烙印(らくいん)を押されたまま生涯を終えている。幕臣として薩長勢力との徹底抗戦を唱えたが、隠栖(いんせい)先の上州・榛名山のふもとで官軍に捕縛され、申し開きの機会もないまま斬首された。
そんな小栗の実像を、著者は残された日記や家計簿などから丹念に描いていく。青年期から海防や開国を堂々と論じ、万延元年(1860年)の遣米使節では高官として日米の通貨比率を定める交渉にもあたった。
帰国後は外国奉行、勘定奉行、軍艦奉行など要職を歴任。いまで言えば、外務、財務、防衛の各省で実務を率いるような気鋭の政治家である。幕府内の反対を押し切って、横須賀に巨大な造船所を建てることを決断。日本で初となる株式会社「兵庫商社」を設立し、郡県制の導入もいち早く提言している。
だが明治政府は小栗の名を消し去ろうとする。彼の先見性が知れると、「時勢遅れの幕府を倒して近代化を始めたのはわれら新政府」との維新像が揺らぐと案じたらしい。著者によれば、いま高校で使われる主な日本史教科書7冊の本文にもその名は登場しない。
来年のNHK大河ドラマはそんな小栗を主人公に据える。明治政府によって歴史から滅却され、令和の教科書からも追い出された「逆賊」がどう描かれるか。放送開始がいまから待ち遠しい。
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もりた・けんじ 1974年生まれ。大阪学院大教授。専門は江戸時代の社会思想史。著書に『異国人たちの江戸時代』など。