落ち込んだ気分を上向きにするには
――『ハッピーバースデイ』は、気持ちが沈んで家に引きこもっていたシマウマのゼブリナが、外に出て元気に過ごせるようになるまでを描いたお話です。ゼブリナの気持ちを上向きにするアイテムとして、服とクローゼットを選んだのはなぜですか。
私は、人が暮らしていく上で欠かせない要素である衣食住をテーマに絵本を描きたいと考えているんですね。服とクローゼットについても、長年取り組んでみたいと思っていた題材でした。
お気に入りの服を着ると、気持ちが落ち着いたり、力が湧いてきたりしますよね。服は、自分の身を守ってくれるアイテムでもあるし、外に一歩出るときに自分を後押ししてくれる役割もある。外見より中身が大事だという考えもありますが、外見を整えることも重要だと思うんです。おしゃれかどうか、高い服かどうかという問題ではなくて、自分自身をいかに大事にしているかということにつながってきますから。
この絵本で登場するような独立したタイプのクローゼットは、最近はあまり使われていませんが、扉を開けると自分のための服が入っているって、ロマンがあるじゃないですか。それで、クローゼットを単なる収納ではなく、毎日新しいコーディネートを提案してくれる特別な存在として描くことにしました。
―― 物語の冒頭、ゼブリナは気鬱の様子で、競走馬のようなマスクをつけてふさぎ込んでいます。理由は描かれていませんが、何が原因だったのでしょうか。
競走馬用のマスクって、馬の視界を前だけに集中させるものなんですよね。ゼブリナは馬ではなくシマウマなので、本来そのようなマスクをつける必要はありません。でも何か夢や目標があって、そのために自ら競走馬のマスクをつけて、一生懸命走ってきたんだと思います。
ゼブリナはがんばりすぎたために、自分を見失ってしまった。心の病気なのかもしれませんし、そうではないかもしれません。もっと深刻な病気の可能性だってあります。そのあたりは読者の皆さんの解釈に任せたいと思っています。
―― ペク・ヒナさんご自身も、ゼブリナのように気分がふさぎ込んでしまったことはありますか。
そういったこともありましたね。なかなか克服できずにもがいたこともあれば、仕事をしながら乗り越えたこともあります。私の経験では、集中できる何かがあるときの方が克服できたように感じますね。私は自分の手で何かを作ることが好きなので、手を動かすことで心を落ち着かせることができました。
自分を取り戻していくまでを段階的に描く
―― クローゼットを開けると、水玉のブラウスに緑のジャンパースカート、黒のストッキングに赤いパンプス……といった感じで、小物も含めたトータルコーディネートが用意されています。全部で6パターンのコーディネートが登場しますが、どのようにデザインを考えていったのですか。
7歳のとき、韓国の着せ替え人形「マロンちゃん」に夢中になって以来、人形の洋服作りを趣味として続けてきました。デザインを考えるときは、流行りの服を参考にすることもあるんですが、人間のための服をそのまま人形用にデザインしても、思ったようにフィットしないんですね。人形に見合うよう、多少派手に、かわいらしく作る必要があって。
たとえば、ゼブリナがアヒルさんとカフェに行くときに着た、レモンクリームのパーティードレス。ふわっとしたスカートは、裾のあたりで少しすぼまったチューリップ型になるように工夫しました。同じようなドレスを人間が着るとしたら、襟元はラウンドネックになるでしょうし、ウエストの位置もここまで高くはしないと思うんですね。人形の服としてとびきり可憐に見えるように、細かいところまでこだわって作っています。
―― クローゼットから出てくる服を身にけることで、ゼブリナの心は少しずつ回復していきます。誕生日に向けて徐々に元気を取り戻していく過程が、丁寧に描かれていますね。
ゼブリナが本来の自分を取り戻すまでの様子を、段階的に描いていきました。最初は一人で外出する。次に外で人と会う。自転車に乗って、行ったことのない場所に行ってみる。部屋を掃除する。創作活動をする。料理を作る。そうやってだんだんと回復していって、最後に自分がホストとなって、友達を招いてバースデイパーティを開こうと計画するんです。
自分に魔法をかけるのは、自分自身
―― ゼブリナは誕生日の朝、特別なドレスが入っているに違いないとクローゼットに向かって走っていきます。このページだけゼブリナが違う素材で作られていますが、どういった意図があったのでしょうか。
ゼブリナはストライプの布でぬいぐるみのように作ったのですが、このシーンだけは他の絵本でも使っている「スカルピー」という粘土で作りました。シマウマらしい四本足の姿で、本能のまま走る様子を見せることで、誕生日を迎えたときのあふれんばかりの喜びが表現できたのではないかなと思います。
―― 最後は友達がたくさん集まって、パーティで盛り上がって終わるのかと思いきや、意外な結末が待っています。
誕生日のハイライトといえば、みんなに祝福されることを思い浮かべがちですが、それだけが一番の幸せというわけではないと思うんですね。ゼブリナは、クローゼットに期待したようなドレスが入っていなかったために落ち込んでしまいますが、そのあと、夢のような出来事が起こります。盛大なパーティは実現しませんが、幸せな結末で締めくくっているので、安心して読み進めてもらえたらうれしいです。
ゼブリナは、自分を取り戻すために不思議なクローゼットの力を借りましたが、実際に行動したのはゼブリナ自身です。マスクを外して、外に出かけて、部屋の掃除や料理もしました。誕生日を境にクローゼットの魔法は解けてしまいますが、空っぽのクローゼットは自分で埋めればいいんです。最後には、「わたしが わたしに まほうをかける まほうつかいだもん」という一文を入れました。本来の自分を保つためには、自分で自分に魔法をかけられることが大切だなと感じています。
―― 2020年にアスリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞し、世界的に注目される絵本作家となったペク・ヒナさん。『あめだま』(ブロンズ新社)は東映アニメーションの制作でフルCGの短編アニメーションとなり、第97回アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされました。デビューから20年以上経ちましたが、絵本のアイデアはまだまだ湧いてきますか。
若い頃のようなキラキラしたアイデアは出てきませんが、年を重ねた分、それまでの経験をストーリーに生かすことができます。今回の『ハッピーバースデイ』では、ラストの雨のシーンは偶然の産物として生まれたのですが、そんなふうに運が味方してくれることもあります。スランプはいまだに怖いのですが、これからも目の前の創作に全力で取り組んでいくつもりです。