「絵本作家 きくちちき展」が開幕 高さ3メートルの原画が生む「空間絵本」で体感する、いきものたちの生命讃歌
デビュー作『しろねこくろねこ』で2013年、ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)金のりんご賞を受賞、2019年には『もみじのてがみ』(小峰書店)で同展の金牌を受賞するなど、国際的にも高く評価される作品を数多く生み出している絵本作家きくちちきさん。
本展では、デビュー前に自主制作した手製本から商業出版の最新作まで、きくちさんがこれまでに生み出した77作の絵本のすべてが、選りすぐりの原画約150点とともに展示されています。きくちさんにとって初めての、全国を巡回する大規模な個展です。
会場入ってすぐのショーケースに収められているのは、1920年代にフランスで出版された楽譜付きの絵本。きくちさんが20年ほど前、骨董市で見つけて衝撃を受けた一冊で、ルイ=モーリス・ブーテ=ド=モンヴェルというイラストレーターが挿絵を手がけています。この絵本との出会いを「電気が走るってこういうことか!と思いました」と語る、きくちさん。絵本作家への道を歩み出すきっかけとなった、始まりの展示です。
きくちさんが2009~2011年に自主制作した手製本も8点、ショーケースに並んでいます。『しろねこくろねこ』や『ちきばんにゃー』の手製本版はその後、全ページ描き直して商業出版されています。
続いて目に飛び込んでくるのは、デビュー作『しろねこくろねこ』や人気作『しろとくろ』(講談社)、『とらのこ とらこ』(小学館)をはじめ、生命力あふれる生き物たちの姿を捉えた原画の数々。原画の下に絵本のテキストが添えられている作品もあり、物語を楽しみながら味わうことができます。
『しろとくろ』と『くろ』(講談社)について、きくちさんは「どちらもタイトルや世界観、絵のタッチがデビュー作の『しろねこくろねこ』と通じるものがあって、とても思い入れの深い作品です」と話しています。白い猫と黒い犬がじゃれ合う姿は、原画で見るとより一層生き生きと躍動感にあふれていて、喜びがまっすぐに伝わってきます。
北海道で生まれ育ったきくちさんにとって、自然の風景や季節は大切なテーマのひとつ。「季節の部屋」と題した一角では、『さくらのふね』『もみじのてがみ』(小峰書店)と『ゆき』(ほるぷ出版)の3作品の原画が並びます。淡くやさしい桜色、もみじの燃えるような赤、美しくも厳しい雪の白。きくちさんが実際に山や森を訪れ、取材したうえで描いたという季節の風景の中には、生き物たちの姿も描かれています。
きくちちきさんの絵本作りの大きな特徴は、とにかくたくさん描くこと。ひとつの作品のために1000枚近く描くこともあるといいます。
「絵だけでなく、言葉も書いて書いて、これ以上思い浮かばないくらい書くんです。たくさん手を動かすうちにふっと肩の力が抜けて、一瞬の光が見えることがあって。それをすくいとって絵本として表現している、という感じです」(きくちさん)
自然や生き物をモチーフとすることが多いきくちさんですが、息子さんが生まれてからは、人を描く機会も増えてきました。『やまをとぶ』(岩波書店)は、きくちさんのアトリエがある里山を舞台にした作品。主人公の男の子は息子さん、仲良しの犬は愛犬のくろがモデルとなっています。
PLAY! MUSEUM中央の楕円の展示室で待ち構えているのは、本展の最大の見どころ、新作絵本『いきものRhapsody』の原画です。本展のために描き下ろされた30点に及ぶ原画のサイズは、高さ3メートル、幅1.8メートル。展示室の60メートルに及ぶ壁面を、巨大な原画がぐるりと埋め尽くしているのです。
「楕円の部屋を全部使って新作を作りませんか、という話は、企画当初の3年半ほど前からありました」と話すのは、PLAY! MUSEUMプロデューサーの草刈大介さん。ただ、壁を全部覆うほど大きな絵を描くという発想はなかなか生まれなかったといいます。きくちさんは何度も展示室を訪れ、草刈さんや展覧会担当のいまむられいこさんらと話しながら、さまざまなアイデアを出し合いました。
「具体的なことはなかなか決まらなかったんですが、そこにたどり着くまでの時間が僕にとってはすごく充実していて。絵本作りもそうなんですが、いろいろなアイデアをひたすら出していく中で、ぐちゃぐちゃだったものが少しずつ形になっていく、その過程がすごく楽しいんですよね」(きくちさん)
『いきもの Rhapsody』で描かれているのは、地球に暮らすさまざまな生き物の喜びや悲しみ、憎しみ、そして希望。壁面を埋め尽くす大きな絵を描くという構想が生まれると、絵のサイズに合わせてテーマも壮大になっていったと話します。
「僕なりの『ノアの方舟』とでもいいますか。迷い、もがきながら、いろんな生き物が地球の上でどう生存していくのか、というテーマにたどり着きました。ただ、ここに至るタイミングが遅すぎたんですよね。30枚描くのに10日間しかなかったんです。しかも、その10日間のうち2泊3日は地方でイベントの予定も入っていて……これはもう絶望的だなと思っていたときに、台風でイベントが延期になって、なんとか描き上げることができました」(きくちさん)
展覧会の公式図録『Chiki Kikuchi: Picture Books』(ブルーシープ)では、1日5枚描く日もあったこと、30点を描き終える頃には5キロ痩せていたことなど、新作『いきもの Rhapsody』ができるまでのエピソードも綴られています。
ぐるりと一周歩きながら、きくちさんが渾身の思いで描き上げた生命讃歌をじっくりと堪能できる展示。巨大な原画が放つ迫力と感動をぜひこの場で体感してみてください。
展覧会の最後を締めくくるのは、きくちさんがこれまでに手がけてきた絵本を一堂に集めた展示。デビュー作『しろねこくろねこ』から、蛇腹折りの絵本として仕立てられた新作『いきもの Rhapsody』(ブルーシープ)までが年代順にずらりと並びます。一部の希少本を除き、多くの作品が自由に閲覧できるようになっているので、きくちさんの描く絵本の世界を心ゆくまで満喫することができます。
ショップには展覧会の図録や『いきもの Rhapsody』をはじめとした絵本のほか、トートバッグやTシャツ、雑貨など、きくちさんが描く愛らしい生き物たちをあしらったオリジナルグッズがずらり。またPLAY! MUSEUMのカフェでは会期中、限定のコラボメニューが提供されています。
内覧会当日には、きくちさんによるライブペインティングも実施されました。きくちさんが40分ほどで一気に描き上げた巨大絵は、会場入口で見ることができます。展覧会の開催は12月13日まで。秋のお出かけに、立川を訪れてみてはいかがでしょうか。