「やなせたかし展」東京会場をレポート アンパンマンだけではない多彩な創作世界
本展は、2026年にやなせたかし記念館アンパンマンミュージアム(高知県香美市)が開館30周年を迎えることを記念して企画されました。昨年4月の熊本での開幕以降、京都、鹿児島、山口、愛知、福岡を巡回。7会場目となる東京会場は、東日本では唯一の開催となります。
展示は、やなせさんの94年にわたる生涯を振り返る第1章「やなせたかし大解剖」から始まり、やなせさんのエンターテイナーとしての遊び心あふれるエピローグ「人生はよろこばせごっこ」まで、全6章で構成されています。出品点数は、約200点に及ぶ原画を含め、原稿や著作、愛用の品々など総数約400点。漫画、詩、イラストレーション、雑誌編集、絵本、そして「アンパンマン」まで、やなせさんの豊かな創作活動が存分に紹介された、見応えのある内容となっています。
会場に入ると第1章、第2章と黒い壁面が続き、第3章のゾーンから一気にカラフルな壁面が目に飛び込みます。天井には星や雲のLEDライトが灯されており、やなせさんのメルヘンな世界を空間全体で感じることができます。「やなせたかし展」の企画段階から携わってきた世田谷文学館主任学芸員の宮崎京子さんはこの展示空間を、東京会場ならではの特別な演出だと話します。
「世田谷文学館では今回、やなせさんの人生をも伝わるような展示空間を実現するべく、学芸員のみならずグラフィックデザイナーや空間デザイナーの力もあわせて、チームとして議論を重ねながら会場作りを進めてきました。
冒頭は、戦争体験や家族との別れといった決して平坦ではないやなせさんの人生や、漫画家としてのやなせさんの作品群に集中していただくために、黒の壁面で演出しています。第3章以降は、やなせさんが作品のモチーフのひとつとしてたびたび描いてきた虹に注目し、鮮やかな虹色の空間を目指して会場設計をしました」
やなせたかしさんといえば「アンパンマン」の作者として広く知られていますが、2025年に放送されたNHK連続テレビ小説「あんぱん」や、ノンフィクション作家・梯久美子さんによる評伝『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文春文庫)でも描かれていた通り、「アンパンマン」にたどり着くまでには、さまざまな紆余曲折がありました。
「やなせさんの人生や漫画、詩、絵本といった作品から、アンパンマンに至るまでの種や芽を感じていただけたらという思いで、展示を構成させていただきました」(宮崎さん)
第1章の最後には、「てのひらを太陽に」の原画が当時のレコードとともに展示されています。会場では、やなせさん直筆の歌詞(一部)を見ながらレコード音源を聴くこともできるので、思わず口ずさみたくなるかもしれません。
第2章「漫画 人とのつながり」では、やなせさんが35歳頃に手がけたニッポンビール(現サッポロビール)の広告漫画「ビールの王さま」や、「メイ犬BON」「ボオ氏」といった漫画作品の数々を原画で堪能することができます。
第3章「詩 うたうように生まれる」では、やなせさんが1973年から30年間にわたり編集長を務めた雑誌「詩とメルヘン」(サンリオ)を中心に紹介。創刊号から最終号となる359号までの表紙をまとめた1枚のタペストリーには、やなせさんの詩情や美意識が凝縮されています。
第4章「絵本とやなせメルヘン」では、絵本の代表作『やさしいライオン』(フレーベル館)の原画をずらりと展示。やなせさんがラジオドラマや絵本、アニメ映画で繰り返し描いてきた、血のつながらない親子の絆というテーマは、自身の幼少期の体験が影響しているとも言われますが、今も普遍的なテーマの絵本として多くの読者に愛されています。原画ならではの色や線、筆致などにも注目しながら鑑賞すると、より深く味わうことができるでしょう。
第5章「アンパンマンの誕生」では、いよいよアンパンマンとその仲間たちが登場します。絵本『あんぱんまん』が月刊絵本「キンダーおはなしえほん」(フレーベル館)の一冊として刊行されたのは1973年。ボロボロのマントを身にまとい、自身の顔を食べさせて人を救う自己犠牲のヒーローは、じわじわと人気を拡大し、1988年のテレビアニメ化で国民的キャラクターとなりました。
その誕生から広がりまで、さまざまなアンパンマンの姿を一気に見ることができるのも、本展の魅力のひとつ。やなせさん自身がアンパンマン誕生秘話をつづったエッセイ&詩画集『アンパンマン伝説』(フレーベル館)の原画では、ペンと水彩による淡いタッチで描かれたアンパンマンたちを見ることもできます。
第5章の中でも特に目を引くのは、「不思議沼の影」をはじめとする大きなキャンバス画の数々です。
「30~50号サイズのキャンバスに描かれたアクリル画は、やなせたかし記念館アンパンマンミュージアムの開館にあわせ、やなせさんがミュージアムの大きな空間に映える作品を展示したいと考えて制作された特別な作品群です。普段は高知でしか見ることができませんが、本展のために一部をお借りして展示させていただいております。
いずれもやなせさんが70代後半で描かれた作品です。ご自身の中でアンパンマンのキャラクターの内面や物語の世界が十分深まった状態で臨まれたためか、作者だからこそ描ける各キャラクターの象徴的な場面が一枚の絵画になっていることがわかります。迫力も見応えも十分な大型作品ですので、ぜひ間近でご覧いただければと思います」(宮崎さん)
エピローグとなる第6章「人生はよろこばせごっこ」では、やなせさんが企画したパーティーの映像やステージ衣装、晩年の作品などが紹介されています。84歳で歌手デビューを果たしたやなせさんは、自らを「オイドル(老人のアイドル)」と称し、ステージやパーティーを企画してはタキシード姿で歌い踊るなど、人々を楽しませることに心を注いだといいます。
ミュージアムショップ奥には、シルクハットをかぶってやなせさんとツーショットを撮影できるフォトスポットも。アンパンマンだけにとどまらない、やなせさんの豊かな創作世界に触れたあとは、パーティーの雰囲気そのままに、楽しい気分で帰路につけそうです。