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きくちちきさん「パパさんぽ」インタビュー 息子との愛おしい日々を絵本に

『パパさんぽ』(文溪堂)

日記からはじまった絵本づくり

――『パパさんぽ』は、『パパのぼり』『パパおふろ』(ともに文溪堂)につづく3作目ですね。このシリーズはどのように生まれたのでしょうか。

 息子が2歳くらいのとき、「毎日おもしろいやりとりがいっぱいあるのに、どんどん大きくなって忘れちゃいそう」と編集者さんに話したら、「日記みたいに書きとめてみては?」と提案されて。息子とのふだんのやりとりを書いた短い日記を編集者さんに送るようになりました。

 約3カ月、毎日のようにメールで送り、ある程度たまったところで、絵本になりそうなエピソードをいくつか相談しながら、自分が描きたいお話を3つくらいに決めてラフを描きすすめました。そのうちの2つが『パパのぼり』『パパおふろ』になりました。

左から『パパのぼり』『パパおふろ』(ともに文溪堂)

――『パパのぼり』は、くまちゃんがおもちゃのバスを走らせながらパパによじのぼって遊ぶお話。『パパおふろ』では体を洗ったあと一緒に湯船につかって遊びます。

 息子とのやりとりをそのまま絵本にしているものは他に描いてないので、正直恥ずかしい気持ちもありますし、自分にはちょっと特別なシリーズです。くまの親子で描いたのは、ぼく自身が、何か動物に例えるとのそっとしたところがくまみたいだと友達に言われることもあったので、動物で描くならくまが一番ぴったりかなと思いました。

ひとりで行きたい、ジャンプしたい!

――8年ぶりの新作『パパさんぽ』では、ちょうちょやトカゲをつかまえようとするくまちゃんを、「こうえん そっちじゃないよ」「あっちだよ」とパパが必死に追いかけます。

 ちっちゃいときって、あちこち追いかけ回して「はぁ……」と息をつくひまもない。その連続でした。常に100%全力の子どもを相手にしていると、大人はほとんど休めないですからねえ。可愛いんですけどね。

――ちょうちょ、とかげ、ねこ、鳥……。ページをめくるごとに生き物たちの数が増え、にぎやかになっていきます。

 尻尾が青いとかげは、うちの庭にいる子です。子どもが小さい頃は一緒によく追いかけていました。郊外に住んでいるので野生の生き物がよく庭先に来ます。体が赤い小鳥は、近くの山で見たヤマガラを描きました。

『パパさんぽ』(文溪堂)より

――ねこのように木に登りたいくまちゃんは、パパに抱っこしてもらい、木を歩かせてもらいます。木からジャンプしたり飛行機のように飛んだりを支えるのは、力もちのパパならではですね。

 実際に子どもがジャンプしてぼくがキャッチする遊びをしていました。手を離すのは一瞬なので、ジャンプするくまちゃんの場面に、パパの添える手を描きこむかどうか迷いました。でもここではくまちゃんの「自分が飛んでいるんだぞ」という気持ちを表現したかったので、パパの手を描くことはやめました。

 本当は、手を添えつつちょっと高い場所を歩きたがるところから、子どもが「ジャンプしたい」と主張するまでにはもっと時間が経っているんです。絵本の中では1日の出来事として描いているけど、現実では、子どもとぼくとがたくさん遊んだ月日が流れている。それらを数ページにぎゅっとおさめるのは難しかったです。思いがけず、前に描いた2作よりも成長したくまちゃんの姿を感じました。

パパも知らぬ間に成長している

――「もっと もっと」と言われ精一杯くまちゃんを持ち上げるパパ。「もういっかい」と言われ、膝に手をついて息を整えるパパ……。育児中のパパやママの共感を呼びそうです。

 「もういっかい!」が一回じゃなく、しつこくありますから(笑)。でも子育てを経験して、パパも成長するんだなと実感しました。赤ちゃんを抱っこするようになったはじめの頃って、重く感じて疲れるんですよ。それがだんだん慣れて……。子どもがどんどん大きく重くなってもその重さに慣れていくのが不思議でした。

 そっか、パパも成長しないと一緒に遊べないなあ、お互いに成長しながら遊んでいけるものなんだなと……。ただ子どもの成長スピードのほうがずっと早いです。全く追いつけない(笑)。「いや、待って。もうそんなにパワーアップしてるの?」とずーっとそんな感じです。

写真左は新米パパの頃。右は歩けるようになった息子と=本人提供

いいものが描けたとき、パッと景色が変わる

――画材は何をどのように使って描いているのですか。

 画材は、墨と透明水彩絵具です。絵は立って描くことが多いです。原画が大きいので立たないと全体が見づらいし、体を使って描けないので。気持ちいい線を描くために、自然と立ち上がって描いていますね。

――ピンク、青、黄色などの色が明るくてきれいですね。

 ぼくは水彩の筆や絵具の皿はあまり洗わないんですよ。固まっちゃった絵具を溶かし、足りない絵具をつぎ足します。たとえば、パパの服の青は単色のはずですが、以前描いた別の絵で使った青色を自然に引き継いだ、ちょっとだけ違う青色になります。

 ダイナミックな場面を描くときは、筆に勢いをもたせて速く動かします。筆の勢い、絵具を溶く水の量で、紙に色が染み込んでいくスピードや、色の溜まり方が変わってくる。だから同じ絵具の色でも場面ごとに見え方が違うかなと。

 子どもが絵を描くのを見ていると、迷いがなくて、無意識で手を動かしながら勢いがあって、気持ちいいですよね。テクニックで描くより、描き方はシンプルでもそういう美しさや勢いを出せたらいいなという思いがあります。シンプルな線の中に生き生きとした息づかい、絵具が動いて見える“息吹”のようなものを出そうとすると難しくて。何回も描いて、見て、比べて、さらに何枚も描きます。

『パパさんぽ』(文溪堂)より

――「描けた」と思う瞬間はどんなときですか。

 枚数を重ねるうちにふっと「これだ!」とパーッと光って見えるものが生まれます。その瞬間をすくいとる、繰り返しです。

 描けた瞬間は、明らかに景色がパッと変わるので、すぐわかります。でも机や床の上に前後の絵と一緒に並べてみると、あれ、なんか光らないなということもある。そのときはすぐやめちゃう。並べたときに一連の絵が生き、物語が生きていくまで、「これだ」と思えるまで描きます。

 また全体の流れで迷うことも多く、締め切りがあるので、どれくらい枚数を重ねれば完成にたどりつけるのかが分からないのが難しいです。どうしても時間がかかって……。ただ大事な判断を見誤ると作品が成り立たなくなるので、気づいたときの判断だけはブレないように。一度「いい」と思っても次回も「いい」と思わなければやめるようにしています。

子どもの誕生日は授賞記念日

――印刷会社の仕事や掃除のアルバイトを経て、手作りの絵本が編集者の目にとまったことから作家への道を歩き出したきくちさん。デビュー作『しろねこくろねこ』(Gakken)のブラチスラバ世界絵本原画展金のりんご賞受賞日と、お子さんの誕生日が一緒だったとか。

 2013年の8月末頃、突然「受賞しました」という英文のメールが届いて、最初は詐欺を疑ったくらいびっくりしました。出版社経由で確認するとどうも本当らしい。しかも一週間後にスロバキアのブラチスラバで授賞式があるので来られますか、と。妻の出産予定日が近いので行けませんと断りました。

 そうしたらまさに授賞式の日に息子が生まれて。金のりんご賞は息子がとどけてくれた賞だ、名前はきくちりんごくんにしよう!と喜んでいたのですが、いろいろ反対されて違う名前になりました(笑)。

――絵本作家として本格的に忙しくなっていった時期と、子育てが、ほぼ重なっているわけですね。

 共働きで、妻も外で働いていたので、日中はぼくが絵を描きながら子どもと過ごしていました。哺乳瓶のミルクをほとんど飲んでくれない子で、0歳のときは本当に大変でした。哺乳瓶の飲み口をあれこれ変えて試してみても断固拒否。大泣きしながらひたすら妻が帰ってくるのを待つ。妻が帰ってきておっぱいを飲むと泣きやんで、すーっと寝てくれる。なんて無力なパパなんだろうと落ち込みました。

 抱っこ紐で抱っこしながら絵を描いて、でもずっと大人しくしているわけじゃなく、もぞもぞ動いたり体をつっぱったり。いざ集中して描こうと思って、寝たところをおろすと、目を覚ましてギャー!と泣いてしまう。体力も落ちるし、気持ちも落ちるし(笑)。睡眠を削られ、締め切りもあるし、全部放り投げて出ていっちゃいたいと思うこともありました。

 だから追い詰められる気持ちはよくわかります。夫婦2人がかりで何とか乗り切りましたが、子育ては本当に大変です。

――今はお子さんも大きくなったでしょうね。幼少期が詰まったこのシリーズには、あらためてどんな思いがありますか。

 子どもは小学6年生になりました。親バカですが、変わらず可愛いです。今回はあまりに久しぶりだったので、小さかったくまちゃんの体の動かし方や表情など、どんな風だったかなあと思い出すのに苦労しました。とにかく描いて思い出すしかなくて……たくさん描きました。

 幼少期の育児はすごく可愛い、と同時にやっぱり大変なものですが、くまちゃんとパパのようにさんぽをしたりいろいろな遊びをしたり、貴重な時間を過ごしてもらえたらと。この絵本が、そんな親子の時間にちょっとでも役に立ったら嬉しいです。