大藪百合さんが語る職業としての図鑑編集者 永遠に未完成 ワクワクを刺激
――図鑑編集者を目指した原点は?
小学生のとき「本物の流れ星が見たい」と母に頼んで、しし座流星群を見に出かけました。授業を早退するお願いをすると、担任の先生が「きれいな流れ星が見られたら、みんなに発表してね」と送り出してくれて。初めて見る流れ星に感動し、模造紙にまとめて発表したら、友だちも喜んでくれたんです。自分の驚きや感動を人に伝える喜びを知った経験でした。
――学生時代から図鑑編集者志望一筋だったのですか?
いえ、いろいろなことに興味がありました。中学ではプラネタリウムの解説に熱中し、高校時代に訪れた英国のワイト島では化石発掘を体験。1億年ほど前の魚のうろこを見つけ、足元に太古の世界が広がっていたことを実感したんです。点々とした経験が、図鑑編集者という仕事につながっていったと思います。
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――小学館に入社後は?
最初は宣伝部で、絵本や児童雑誌の宣伝、テレビCMやイベントの制作などを担当しました。「図鑑編集部は30代から」と言われていたのですが、25歳のときにNEOシリーズのリニューアルのタイミングで図鑑編集部に異動できたんです。最初の担当は希望していた「宇宙」ではなく「恐竜」でした。先輩編集者に「『種の起源』は読んだか」と問われたものの、当時は完読できていませんでした。それ以来、進化論を学び続けることがライフワークになっています。
――担当された図鑑の中で最も大変だったのは?
音楽の図鑑ですね。完成するまで5年かかりました。楽器の撮影は、現役アーティストから1点1点お借りしています。SNSなどを通じてつながった協力者は最終的に約500人、楽器は300点以上。すべての音をQRコードで聴けるようにしています。
恐竜図鑑で培った「進化の順番に並べる」という理念もいきていて、弦楽器が弓から始まり、ウードがシルクロードを渡ってリュートや琵琶へと変化するような「つながり」を一冊に凝縮しました。
――どんな人が図鑑編集者に向いていますか?
何かに夢中になった経験があって、それを人と共有したいと思える人。理系でなくてもウェルカムです。私は文系出身ですし、編集者には生物学を研究していた人も美大出身の人もいます。専門知識だけでなく、読者の目線やデザインの力も必要です。
――AIで何でも調べられる時代、図鑑に求められるものは?
専門家に確認していただいた信頼できる情報を届けることは、ますます大切です。ただ、図鑑は研究が進む限り、永遠に未完成。図鑑は答えを調べるだけでなく、好奇心を広げ、探究心を深めるきっかけになるものであってほしい。自分が手がけた図鑑を読んで育った若い研究者に会うと、子どもたちだけでなく、研究の未来もつくっているのだと感じます。
●7歳で、しし座流星群に感動。宇宙の神秘と謎に夢中になる。
●中学で、オムニサイエンス部に入部。夏合宿は天体観測、文化祭はプラネタリウムを担当。
●高校時代、「恐竜の島」として有名なイギリスのワイト島で、人生初の化石発掘を体験。ロンドン自然史博物館に圧倒される。
●大学卒業後、図鑑編集者を志して小学館へ入社。最初は宣伝部に配属されマーケティングの基本を学ぶ。
●25歳、図鑑編集部へ異動。
●27歳、「小学館の図鑑NEO 新版 恐竜 DVDつき」を刊行。のちに累計発行100万部を突破する。
●28歳、出産・育休。
●復職後、図鑑「宇宙」で南米チリ標高5千mのALMA望遠鏡を取材。続けて「星と星座」刊行。
●37歳、世界中の楽器の音色が聴ける図鑑「音楽」を刊行。
●39歳、編集長に就任。
この図鑑は私がはじめてゼロから手がけた一冊です。西洋音楽中心ではなく、世界中の音楽を網羅するような図鑑が作りたかったんです。図鑑編集に興味をもったら、まずは作ってみたい図鑑の目次と代表的な見開きを手を動かして作ってみてほしい。悩むでしょうし、時間もかかると思いますが、この試行錯誤の過程を楽しめる人は、図鑑編集者に向いていると思います。
いま最も分かりやすい「種の起源」の解説本です。当時の研究者たちの人間模様や現代の学術的な知見もあわせて説明しています。生き物の図鑑をつくるなら、生命の大きな歴史、物語を知っておいてほしいです。研究も図鑑の世界も、先輩方から受け継いだものを新たなアイデアも加えながら、次の世代につないでいくもの。そんな思いも含めてぜひ読んでみてください。