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16歳で渡米した鶴見俊輔の日記「鶴見俊輔の発想法」 哲学者の「初心」と「原点」がうかがえる

哲学者の鶴見俊輔=1998年

 戦後を代表する哲学者で市民運動家の鶴見俊輔(1922~2015)。京都大人文科学研究所などで、鶴見が残した直筆ノートや蔵書などの資料を整理し、保存活用をめざすプロジェクトが進んでいる。資料の中には10代の鶴見が記した日記もある。そこからは、日米開戦が迫る時代に米国で学んでいた鶴見の「原点」がうかがえる。

 「十月九日 午前八時四十分起床。 午後二時より四時までライショウ博士との研究科。芥川の英訳の文章を一字一句協議吟味の上で直してもらふ」

 「十一月廿二日(金) 午後一時半起床。 四時半からラッセルの講義に行く。前から三番目の席にすはったがわからぬ。僕にはむづかしすぎるのだ」

米国留学時代の鶴見俊輔が記した日記=編集グループSURE提供

 今春刊行の「鶴見俊輔の発想法」(編集グループSURE発行)には、1940年9月25日から12月31日までの3カ月間の日記が収録されている。38年、16歳のときに渡米した鶴見が、ハーバード大で学んでいたころのものだ。

 のちに日本研究の権威として知られるエドウィン・ライシャワー(ライショウ)や、当時米国に滞在していた英国の哲学者バートランド・ラッセルなど、そうそうたる名前が登場する。欧州でのナチ・ドイツの拡大から逃れてきた学者の講義を受けたこと、日中戦争が進行中の中国から来た留学生と話したことなど、翌年の日米開戦に向かう時代の不穏さもにじむ。

 「戦後に雑誌『思想の科学』を創刊し、日本社会の中で学問を深めていく時代とは異なる、鶴見の『初心』がみえてくる」。「鶴見俊輔の発想法」編者の一人で、鶴見とともに「思想の科学」の編集に携わった黒川創さん(65)は話す。「外向きに清書された原稿とは違う、そのときの気持ちから書いている生身の叙述が多い」

 黒川さんによると、残された資料は段ボール約680箱におよぶ。鶴見と長年交流があった黒川さんですらも、「読んだことがないものがたくさんある」という。

 公開された日記は、膨大な資料のごく一部だ。黒川さんは今後の公開や出版の計画について、「全てを機械的に活字にすればよいわけでもない」と話す。さらに「『新しい鶴見の手記が見つかった』とだけ騒がれるのは、鶴見さんだったら嫌なはずだ」とも。「鶴見さんだったら、もっと踏み込む方法を考えるだろう。時間を惜しんでメモをとり、思索していた彼の生き方を伝える『ライブ感』のある出し方を考えていきたい」

 「鶴見俊輔の発想法」には、2025年に京都大で行われたシンポジウムの講演録も収められている。編者の一人で京都大教授の藤原辰史さんや、鶴見の息子で早稲田大教授の鶴見太郎さんなどが、鶴見の思索をめぐって議論を交わしている。

 「鶴見俊輔の発想法」は発行元の編集グループSUREへの直接注文で販売。2640円(税込み)。SUREのオンラインショップ(https://henshuugroup-sure.stores.jp/)または郵便振り込みで。問い合わせは電話075・202・9522。(平賀拓史)=朝日新聞2026年10月21日掲載