ISBN: 9784065445150
発売⽇: 2026/08/27
サイズ: 13.2×18.8cm/368p
『僕と「先生」』 [著]長瀬海
見覚えのある書名。かつて、既視感のあるタイトルを好んだ批評家がいた。『テクストから遠く離れて』を書いた加藤典洋だ。加藤のいう「若い友人」である著者は、14年間にわたる対話の記憶をたぐりつつ、「先生」の思想を追跡する。
門外漢である私が最初に期待したのは、再評価でも批評でもなく、師弟関係そのものだった。昨今の学界では、思想継承より業績が優先され、上下関係はハラスメントと紙一重だ。だが私は、たえず恩師との関係に思いをめぐらせ生きてきた。本書の示す師弟観に何を見るのか。私の関心はその一点に集中した。
著者は思い出に触れこそすれ、そこに安住しない。淡々と評し、厳しく批判する態度はブレない。だが、私の関心は大きくブレていった。「誤りうることが正しいことより深い」。正しさを積みあげようとする学者には堪(こた)える一言だ。「知ることにではなく、知らないことにささえられる哲学」「内在から関係への転轍(てんてつ)」。加藤の思想が少しずつ私の心を捉えていく。
私はこれまで批評家という職業に自分とは別のにおいを感じていた。だが本書は、批評と学問の違い、批評家の矜持(きょうじ)を私に突きつけた。知らないことに謙虚であれ。己の思考だけを頼りに世界と対峙(たいじ)せよ。加藤の思想を正面から受け止めながらも著者は批判で応答し、「先生」との距離を自分の「物差し」で測りなおす。そこに感傷へと逃避する余地はない。
著者は戦後への当事者感覚と距離のある世代の人間として、加藤の戦後思想を批判的に引き取る決意を示す。あとがきの最後には「恩返し」の一言。これも師弟関係のかたちなのだろう。批評家たちが身を賭して向きあった問いに私の心がざわつく。今日の財政危機もまた、戦後日本の選択の帰結ではないか。私の恩師はその選択とどう向きあったのか。財政学者としてお前は、その責任をどう引き受けるのか。私は思わず身震いした。
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ながせ・かい 1985年生まれ。ライター、書評家。共著に『韓国文学ガイドブック』。