“すべての女性を応援する本屋”でカリスマ書店員が向き合う「現代と女性」:HMV&BOOKS日比谷コテージ
記事:じんぶん堂企画室
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「自分の人生のプロデューサーは常に自分。でも主役を誰にするかは自分で決めていい」
東京・日比谷にあるHMV &BOOKS HIBIYA COTTAGE(日比谷コテージ)の店長、花田菜々子さんは語りかける。
2018年3月にオープンした日比谷コテージは、“すべての女性を応援する”、まさに女性のための本屋。近隣には映画館のほか、帝国劇場や東京宝塚劇場などがあり、熱心な演劇ファンの女性たちも足を運ぶ。
ベストセラー『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出文庫)の著者でもある花田さんは、本を通じて店を訪れる女性とどう向き合おうとしているのか。人生を変えた一冊、いま読みたい人文書の紹介と合わせて話を聞いた。
日比谷コテージは、日比谷駅や有楽町駅、銀座エリアからも近いショッピングモール「日比谷シャンテ」の3階にある。
中央のエレベーターで上がると、花や蝶のモチーフが彩る新刊・話題の書の売り場が迎えてくれる。一歩奥に進むと、白いブックカバーで装丁が隠され、3つのテーマから本の内容を紹介する「三題噺」コーナーに迷い込む。ワンフロアに広がる店内を反対側に回ると、フェミニズムの棚が広がり、演劇関連コーナーも充実の品揃えだ。
花田さんは、知人の「ちょっと手伝ってほしい。選書のヒントが欲しい」の一言がきっかけで、店長として“女性のための本屋さん”の立ち上げに関わることになったのだという。
当時は、長年勤めた書籍・雑貨販売のヴィレッジバンガードや、二子玉川の蔦屋家電を経て、日暮里にある10坪ほどの小さな本屋「パン屋の本屋」の店長として、充実した日々を送っていた。
それでも前に進んだのは、「新しいチャレンジ」だと感じたから。
「簡単に言えば、おもしろそうだな、と。これだけ広い坪数で、オープン日も決まっていて、本当にできるかなという不安もありました。でも何か新しいことにチャレンジしてみたい、という気持ちが決定打になりました」
“女性向けの本屋さん”といっても、いろんな女性がいて、ニーズは多様だ。フェミニズムの本を読みたい人もいれば、恋愛や結婚のハウツー本を読みたい人もいるだろう。花田さんは、「骨格をどう作ったらいいのか、すごく悩みました」とふり返る。
「ピンクの表紙の“女性の○○本”はたくさん出ていますし、美容や育児は女性の読者が多いジャンルです。手芸、料理、ファッションなどもそうですね。そんな本を集めれば、外側の女性らしさというか、“女性っぽいお店”はできると思ったんですけど、それでいいのかと」
例えば、オープン前の会議で、雑貨担当の社員からファンシーなキャラクターのお弁当箱を「こういう商材はどうですか?」と提案されたことがあった。花田さんはそれを目の前にして固まってしまったという。
自分の好みで「女性向け」を決めていいのか。置く・置かないを判断する理由は何なのか。みんなが「女性向け」だと思うものを持ち寄ることがお店にとって正解なのか……。
「お金をかけて新しいお店を立ち上げて、毒にも薬にもならないお店を作るだけでは、やる意味がないように感じられて。私ひとりの頭の中にあるものではなく、メンバーとときには哲学的に、女性とは、女性向けとは何なのか、と一個一個積み重ねながら全体像を作っていきました」
花田さんによると、新しい書店の場合、オープン時に必要な完成度は「50%くらい」なのではないかという。まずは棚をつくって提案してみて、実際のお客さんのリアクションや売れ行きを通じて、「対話」しながら棚を作り込んでいく。
オープンした日比谷コテージでは、蓋を開けてみると、女性向けの書籍で売れるジャンルとされる、育児書や絵本、ダイエットや美容本、健康食に関する本が全く売れなかったという。
一方で、演劇や宝塚歌劇団関連の専門誌や書籍は、驚くほど反響があるそうだ。
「劇場が近いことから関連本の売上をある程度見込んではいましたが、こんなにすごい熱意を持っているお客様が集まるとは知りませんでした。いろんな本屋で働いてきましたが、正直それまで見たこともなかったようなタイトルの演劇や宝塚の専門誌が100冊単位で売れるのを目の当たりにして、自分は本屋の1%とか2%しか知らなかったんだなと痛感しましたね(笑)」
花田さんは、そんな熱心な演劇ファンなど女性の“オタク”のお客さんを通じて、女性の生き方や時代の変化も感じている。
「極端な表現をすると、オタクの方は、自分の顔がツルツルになることよりも、推しの顔がツルツルであることを愛しているんですよね」
「少し前の時代は、女性はみんな輝かなければと言われていました。『女子力』という言葉もそうですが、美容やファッションを楽しもう、もっとかわいくなって生き生きしよう、というような。一見ポジティブに感じられますが、そういうことに興味がない人や、コンプレックスがある人もいますし、人に強制されるものでもありません。本当は、そもそもやらない、気にしない選択肢もあるべきだった」
「そんな時代が終わろうとしているように思います。自分の人生をどう楽しむか決めるプロデューサーは自分でも、舞台の上で自分がスポットライトを浴びなければいけないわけではない。必ずしも自分が輝かなければならないわけではなく、誰かを応援することも自分を大切にすることにつながっています。これは売れる商品の傾向から感じる、お客様との“対話”によって教えてもらったことかもしれません」
具体的にどんな傾向があるのだろう。そう尋ねると花田さんは、「人生を楽しもう、って感じがするんです」と表現した。
「最近では、日本全体のムーブメントとして、モノを少なくして精神的に豊かに暮らそう、というライフスタイルが注目されていますよね。でも、当店のお客様はオタク精神ゆえなのか、たとえば料理本の売れ傾向でも、健康的で素朴な食事を心がけるより、“おいしいものたくさん食べて、刹那的に生きて、早く死んだほうがいい”と思っているんじゃないかなと感じます(笑)」
ゆったりとした店内では、書店員の手書きポップが添えられた“推し本”も目に止まる。
『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』の著者でもある花田さんは、店頭でお客さんにおすすめの本を聞かれることもよくあるという。
「本を読んでくださってわざわざ会いに来てくださる方も多く、自分が店員さんに話しかけることが苦手なタイプなので、みなさんすごいなあと思っています。と、出会い系をやっていた自分が言っても信憑性がないでしょうが……。お話をかんたんにお伺いして、ではこんな本はどうですか、とお伝えしても『実は私、今悩んでいることがあって』となかなか離してくれない人もいますけど(笑)」
「カリスマ書店員」として本好きの間で有名だった新井見枝香さんも、昨年から日比谷コテージで働いている。
新井さんが2014年に独自に立ち上げた「新井賞」は、半年で一番面白かった本を、たった1人で勝手に選ぶ賞で、「直木賞より売れる文学賞」ともいわれている。
「知り合ったのは、私の本を読んで彼女が店に来て声をかけてくれたのがきっかけです。新井賞なんていう奇抜な、でも真剣な『売りたさ』から始まった仕掛けを、たった1人でやっている、というところがいいなと思っていました」
「文芸の棚を見てくれて、しかも自発的に仕掛けを作れるようなスタッフがほしいと思っていたところに、縁あって、日比谷コテージのチームに参加してもらうことになりました。新井さんなら『普通』にとらわれずにこの店の売り場づくりを楽しんでくれるかなと思ったので」
2人のカリスマ書店員をはじめ、本やカルチャーを愛する個性豊かなスタッフによって様々なジャンルの棚が作られている。都心の大型店舗ながら、顔の見える書店員がいるのも魅力だろう。
無数の本と出会ってきた花田さんに、自分の人生を変えた1冊を聞くと、「自分の心に強く刻まれています」と、笹原留以子さんの『おもかげ復元師』(ポプラ文庫)を挙げた。
この本と出会ったのは2012年。書店での立ち読みがきっかけだったという。
「立ち読みしはじめたら、読むのをやめられなくなってしまって。本屋で泣きながら読み終えて買って帰る、ヤバイお客さんになってしまいました」
笹原さんは、生前の姿とは変わってしまった故人の亡骸を、生きていたときのように「復元」する復元納棺師。東日本大震災での発生後は、津波などの被害で激しい損傷を受けた遺体を生前の姿に戻す「復元ボランティア」として献身した。
“笑いじわ”を頼りに、生前の表情に戻していく——。生後10日の赤ちゃんから90歳を超える高齢者まで、約300人を5カ月以上かけて見送った。「復元」は、残された人が、大切な人の死を受け入れ、いい顔を最後に記憶し、見送るために大切なプロセスでもある。
「その頃、日々の仕事で、誰かの役に立っているとか、救っているとは思えていなかった。仕事だけじゃなくて、自分が生きていることも。『自分もこういう仕事をしたい、こんな心で生きていきたい』と思ったんです。誰かのために仕事をする。それが当たり前と思う自分でいたい、と」
「自分のために頑張れることには限界があって、他人のためだと思うと力が出る。ジャンルは全然違うんですけど、自分がやっていることの先にこの人がいる気がして、自分のいる場所というか目標というか、旗を立ててくれた1冊です」
花田さんが今おすすめする人文書の1冊目は、ライター武田砂鉄さんの『わかりやすさの罪』(朝日新聞出版)だ。
店づくりや執筆でも、わかりやすさを大切にしてきた花田さんは、タイトルを見てドキッとしたという。「武田砂鉄さんの本は以前からよく読んでいて、信頼している人が刺してくれる本は、どう私を打ちのめしてくれるか、みたいな喜びもあって好き」だと笑う。
「この本は、社会の危うさとか欺瞞みたいなものをあぶり出しているんですけど、いくつかの章は、読んでいるうちに内容がぐるぐるしていって、よくわからないけどとりあえず終わったな、と思っていたんです。そうしたら砂鉄さん自身もそれを自覚していてご自身の文章を『とてもわかりにくいと思う』と書いていて、なんだ、それでいいのか! と」
「砂鉄さんは、Twitterやラジオで政治的なこともビシッと言いますが、一方で著書では、もごもご言っているうちによくわからなくなってしまう。自分のふがいなさとかダメさみたいなところをユーモアたっぷりに描いていて面白かったです」
もう1冊は、ライター堀越英美さんの『スゴ母列伝 いい母は天国に行ける ワルい母はどこへでも行ける』(大和書房)だった。
ノーベル物理学賞と化学賞を受賞したマリー・キュリーや、医師であり教育者だったマリア・モンテッソーリのほか、岡本太郎の母で作家の岡本かの子、養老孟司の母で医師の養老静江などなど、古今東西の“スゴ母”の半生が紹介されている。
花田さんは、「わかりにくさに深みがある、いくらでも噛んでいられるような本」と評する。
「一見すると、優等生のようないい母を目指さなくても、自由でかっこよくて、我が道を進むお母さんでもいいじゃない、というメッセージの本のように感じられるんですよ。でも読んでいるうちに揺り戻されるというか、『いいじゃない』をもっと深く問い直してくる感じがあるんです」
「よくあるママ論に対するアンチテーゼではなく、その二項対立こそ間違っていたんじゃないか。そもそもそんな簡単に『いい』を定義できるのか。だからこその肯定も否定もしない『スゴ』なんですよね。全部ひっくり返して、人が生きることとは、というような大きな問いが投げかけられていることに気づきます」
花田さんが紹介した人文書は、一見つながりのない2冊だが、どちらも“わかりにくさ”が魅力だった。今の時代に、本だからこそ味わい深く受け止められる価値なのかもしれない。
新型コロナウイルスの影響で外出を控える傾向も続いているが、花田さんは、「ネットの情報やAmazonの本のページは、本屋の代わりには決してならない、とあらためて感じています」と口にした。
最近では、「本屋さんは森林浴」だと、全国の書店・古書店を支援する「ブックストア・エイド」の仲間たちと話したという。
「ネットで森林浴はできない。すばらしい景色や森や湖の写真を見ても、森に行くことの代わりにはならない。その場に行くことで得られる経験は、より一層輝いています」
「本屋をブラブラするとき、気になるコーナーは日によって違うし、手に取る本は変わるんですよ。つい20分立ち読みしてしまった本は、今自分が何を考え、どんな心理状態にあるのかを知るヒントかもしれない。頭の中や精神状態を照らし出して、整理してくれる効果があると思っています」