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男らしさ、女らしさの再考を 「性の多様性」を考える3冊 紀伊國屋書店員さんおすすめの本

記事:じんぶん堂企画室

 世の考え方や常識は変化する。ひと昔前は価値のあった考えやステータスだったものが現在見向きもされない……。誰もが経験することだ。そんななかでもジェンダー関連の分野は近年、特に活発に議論されているテーマだ。

 男女の境界の曖昧さが自明のこととなることで、思考・行動・教育・嗜好などあらゆる分野にわたっての「常識」に変化が生じた。目指すべき手本、良い価値観とみなされてきた「男らしさ」や「女らしさ」も再考する必要がある。変化についていけずに戸惑うだけでなく、反発してしまう人も多い。頻発する政治家のジェンダー関連の問題発言も原因はここにあると考えられる。そこで常識を基礎からアップデートし、認識を新たにできる本を選んでみた。

社会人としての当然習得すべき常識へ

 近年の社会運動の高まりによって「性の多様性」は、以前よりも身近に耳にするようになった。その変化についていけない人たちがネット上で炎上騒ぎを起こしたり、政治家や芸能人たちが問題発言で物議を醸したりすることは日常茶飯事だ。これらの発言も明確に「差別してやろう」という悪意からというより無知や無理解によるものが多いように思える。

 『LGBTとハラスメント』(集英社新書)は基礎からこれらの問題を解説する。「LGBT」(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)、「SOGI」(性的指向と性自認)、「アウティング」(性のあり方を同意なく暴露すること)など聞いたことはあってもよくは理解していない用語の解説からパターン別の事例まで丁寧に解説する。

 この事例解説が秀逸で、非常に身近な事例を示して、よくある「勘違い」やそれに対する当事者がどのような感想を抱くかを知ることができる。「周囲に性的少数者はいない」という思い込みの事例は特に重要だろう。この事例を読んで、周囲で行われて苦々しく思っている人や「やってしまっている」と思う人も多くいるはずだ。この問題はそれほど近くに存在する。

 本書は言う。法律や税率、社内のシステムが変わって新しく勉強しなければならないのと同じように、「SOGIに関する物事も、このような学ばなければいけないラインナップに仲間入りした」のだと。そして「社会人の最低限の教養としても、今後は必要になることでしょう」と続ける。もはや「知らない」ではすまされない、ビジネスマナーのように習得不可欠なものになりつつあるのだろう。

「女の子にはピンク」が生み出す抑圧

 『女の子は本当にピンクが好きなのか』(河出文庫)は、専門家でない著者が二人の娘の子育てを通して抱いた違和感について考察する。著者は「女の子にはピンク」という考えを当然視することへ疑問を抱く。

 歴史的に見てもピンクが女性の色と認識されるようになったのは比較的最近のことで、それ以前は男性もピンクを身に着けることはあったという。女性とピンクを結びつける普遍性、必然性はないのだ。ピンクが持つ「幼さ」や「性」のイメージを理由にピンクの押し付けを拒む女性や運動も多い。子どものころからの特定のイメージを植え付けられることによって女子が無意識のうちに可能性を制限してしまうことへの反発である。これに対して海外の玩具メーカーなどは、従来の女の子に対するイメージを覆し、将来の可能性を制限しない商品を開発し、多くの層に受け入れられているという。

 だが、そんな情勢や親である自分のピンクへの反発にもかかわらず、娘がピンク大好きになってしまったために著者は戸惑う。女の子がピンクを好きになるのは社会的なジェンダーによるものなのか生得的なものなのか、実をいうとまだわかっていないそうなのだ。

 それでも著者は、アンチピンクの主張が揺らぐことはないと信じる。ピンクの色自体に罪はなくともピンクに込められた意味のもたらす弊害が大きいからだ。性別役割分担を踏襲することにより、女性が無意識のうちに職業を限定し低賃金、無償労働に追いやられてしまう恐れもある。また、負の連鎖を断ち切るには男子への抑圧を減らすことも大切だ。

 男の子がピンクを好んでもかまわないし、競争に勝ち続け、強くある必要もない。著者も「男の子への呪いも解かなければ、女の子への呪いは再生産され続けるだろう」という。男の子も女の子も性別という型にはまる必要はない。

偏った意識を「アンインストール」するという課題

 男の子の育て方を扱った『これからの男の子たちへ』(大月書店)の著者・太田啓子さんは男の子2人の母親。著者は「男らしさ」「女らしさ」という考え方に反発を覚えながら子育てをしていても、「男の子」を感じることがやはりあるという。周囲の大人やメディアからいつのまにか影響を受けて、知らず知らずのうちに「男らしさ」が身についているのだろう。

 著者はメディアなどから「刷り込まれる」かたちで性差別的な価値観や行動パターンを身につけてしまうのではないかと危惧する。特に問題視するのが「有害な男らしさ」だ。これは社会の中で「男らしい」と当然視・賞賛され男性が無意識のうちに習得するように仕向けられる価値観を指す。これが暴力や性差別につながったり、自身への否定や苦しみにつながったりすると言われている。

 無自覚にインストールされるこの意識からの脱却こそが男性に必要だと、著者は説く。確かに、後々有害になりかねない考え方や行動を、幼児期に「男の子」だからと放置されることはよくあるかもしれない。そしてそれが問題発言・行動、性行為および性行為を過度に重要視するカンチガイ男子を生み出している可能性は高い。それを防ぐためにも幼児期に偏った意識を身に付けないよう気を配り、取り除く必要がある。呪縛に囚われ、埋め込まれた性別役割意識を取り除いて自由にすることを著者は「アンインストール」と言う。これは今の世代に課せられた役割の一つだ。

 フェミニズムやジェンダー問題の本は、「思想」や「概念」で、書店ではかつては「じんぶん」のカテゴリーに収まる本だった。しかし、紹介した3冊は今や「実用」の本棚に入れても良いものではないかとも思う。それほどこれらの問題が身近になっているということだろう。

 ジェンダー問題でまず必要なのは現役世代の意識改革だ。知識を得、想像力を働かせて自分と相手とのギャップを埋め、常識を更新すること。それと同じく重要なのが次世代への教育だ。私たち自身にある偏見を子どもたちに伝えないようにすること、子どもたちが周囲やメディアから得てしまった偏見を除去・修正すること。

 長年同じ考えで生きてきた大人が突然価値観を変えるのは正直難しい。だが「これからの男の子たちへ」の太田さんは、小島慶子さんとの対談で以下のように手厳しく批判する。「すでに凝り固まって人は正直もう退場を待つしかない」と。正直、私はこの分野での世の常識の移り変わりのスピードが速過ぎて戸惑う人間の一人だ。それでもまだ「退場」はご免こうむりたい。「退場」を望まない人には、これらの書籍を通じて情報を更新することを薦めたい。

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