1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. 日本で暮らす外国からきた子どもたち――不就学ってなに?

日本で暮らす外国からきた子どもたち――不就学ってなに?

記事:明石書店

『にほんでいきる』(明石書店)
『にほんでいきる』(明石書店)

「発見」された子どもたち

 学校に行かない子どもたちは、どんな暮らしをしているのか。2018年10月、三重県松阪市のアパートで、小学校に通っていないフィリピン国籍の兄妹が見つかった。兄のチコテ・サンダーさん(12)と、妹セイロさん(8)。来日して半年、家にこもり、オンラインゲームで時間をつぶしていた。

 両親が仕事で家を開ける日中は、会話もなく、それぞれスマートフォンを握りしめ、ゲームの世界にのめり込む。季節が春、夏、秋と移り変わっても、そんな日常は続いていた。

◆訪問調査

 ある日の夕飯時、突然、玄関の呼び鈴が鳴った。兄妹の父ローレンスさん(44)がドアを開けると、スーツ姿の男性と、通訳の女性が立っていた。

 「この家に、学校に行く年齢の子はいませんか?」

 訪ねたのは、松阪市教育委員会の指導主事、西山直希さん。住民登録はあるのに、学校に来ていない「就学不明」の子を見つけるための訪問調査だった。いぶかしげな視線を向ける兄妹に、西山さんは思いがけない言葉を投げかけた。

 「僕のこと覚えとる?」

 兄妹は3年前にも来日したことがあった。西山さんは当時、市が来日して間もない子のために設けた日本語教室「いっぽ」の担当で、小学3年だったサンダーさんを教えていた。兄妹は1年もたたずに帰国したが、サンダーさんの記憶はよみがえった。無表情だった顔が、ほころんだ。

 訪問の数日前、西山さんは、カタカナの名前が並んだリストを見ていた。住民登録があるのに学校に来ていない「就学不明」の外国籍の子どもの一覧だ。松阪市は教育指針で、就学不明の子どもの調査をすると定め、2009年からは年に1回、戸別訪問で確認調査している。日中に訪れて会えなければ、時間帯を変えて夜にも訪問。反応がなければ、3回以上は訪れる。

 2018年の秋は27人の家庭を調査し、サンダーさんとセイロさん二人の不就学を確認した。残りの25人のうち、19人は既に帰国していたが、出国履歴がないのに、3回以上の訪問をしても会えない子が6人いた。

◆兄妹とその家族

 兄妹はなぜ、学校に来なかったのだろう。一家は、両親と長兄(18)の5人家族。日系3世の父ローレンスさんは2007年に来日し、妻のジョセリンさん(38)とともに、自動車部品工場などの派遣社員として働いた。来日から10年あまりがたった2018年4月、家族そろって暮らしたいと、フィリピンの親族に預けていた3人の子を呼び寄せた。

 フィリピンで、サンダーさんはバスケットボールに打ち込んでいた。ダンスが好きなセイロさんは、アイドルをまねてステップを踏んだ。けれど、日本のアパートは狭くて自由に遊べない。日本語も忘れていて、外に出るのが怖かった。

 「フィリピンに帰りたい」

 そんな不安な気持ちを打ち消すように、二人はゲームに没頭した。

 両親は共働きで、1日15時間近く家を空ける。兄妹を「学校に行かせたい」と願いながら、行政に頼るすべを知らなかった。親子の思いはすれ違ったまま、半年が過ぎてしまった。

◆就学を始める兄妹

 訪問調査から約1カ月。西山さんらの説得で、兄妹は小学校に通うことになった。サンダーさんは小学6年に編入。セイロさんは小学2年生の年齢だが、日本の学校に行くのが初めてだったため、しばらくは、かつて兄も通った「いっぽ」に行くことになった。

 初日。両親に連れられ、教室に足を踏み入れたセイロさんは、周りの視線を避けるようにうつむいていた。ずっと家にこもっていたためか、ひときわ肌が白くみえる。真新しいランドセルは、明るいラベンダー色。背負ってみると重たくて、立ち上がる時、ちょっとよろけてしまった。

 この日は、両親と一緒に着席した。「起立」の号令に反応できず、母に促されて席を立った。それでも、スタッフとお手玉をして遊ぶうちに表情が明るくなった。

 教室は、市教委とボランティアのスタッフが協力して、子どもたちを教えている。子どもたちが教室を卒業して小中学校に行くようになっても、スタッフは街中で彼らを見守る「おじさん」「おばさん」のような存在となる。

 教室に入ってからおよそ2時間半。セイロさんは習いたての日本語で、自己紹介した。ひらがなにローマ字で仮名を振ってもらい、スタッフと一緒に練習した。黒板の前に立つと、教室の皆の視線が集まる。恥ずかしそうにファイルで顔を隠し、1音ずつ確かめるように発音した。
「わ た し の な ま え は せ い ろ で す」
「わ た し は ふぃ り ぴ ん か ら き ま し た」

三重県松阪市「いっぽ教室」で、トランプの「神経衰弱」をして遊ぶセイロさん(中央)。
三重県松阪市「いっぽ教室」で、トランプの「神経衰弱」をして遊ぶセイロさん(中央)。

 その姿を両親がうれしそうに見つめていた。

 父は、兄妹が学校に慣れるまで一旦仕事を辞めた。兄妹の登下校に付き添い、帰宅したら一緒に宿題をする。アパートには「おはよう」「いってらっしゃい」と日本語のあいさつが響くようになった。兄妹の就学は、一家が日本社会につながるきっかけとなった。

   * * *

Q&A 不就学になる理由

 なぜ、2万人以上の外国籍の子どもたちが就学不明になっているのでしょうか。その背景を分かりやすく解説します。

Q 外国人の子どもは学校に行かなくてもいいの?

A そんなことはありません。文科省は「外国人でも本人が希望すれば就学できる」と全国の市区町村に繰り返し伝え、学校に通えるようにするよう求めています。

Q でも、小中学生の年齢なのに学校に通っているか分からない「就学不明」の外国人の子どもが2万人以上いるんだよね。

A その通りです。原因の一つは、外国人が義務教育の対象外だからです。憲法では日本人の保護者に子どもを学校に行かせる「就学義務」が定められています。でも、日本人でない外国人の保護者には就学義務がありません。そのため、外国人の子どもが学校に行っているか確認しない自治体が多くあります。

Q どうして学校に行かないのかな。

A 文科省が2005~2006年度に外国人が多く住む12自治体と協力して行った調査では、112人の不就学の子どもが見つかり、32.1%が「学校へ行きたい」と答えました。けれど「学校へ行くお金がない」「日本語や勉強が分からない」などの理由で通えずにいました。せっかく学校に行っても、日本語教育の支援がなく、授業が分からないまま不登校になる子もいます。

Q 学校に行かず何をしているの?

A 先ほどの調査では36.5%が「何もしていない」、20.2%が「仕事・アルバイト」、13.5%が「兄弟姉妹の世話」と答えました。外国人労働者は日本の産業を支えるのに欠かせない存在ですが、不規則な勤務や長時間労働で、子どもに目が行き届かない現状もあります。学校に行かないため虐待に気づく人がいなくて亡くなったり、15歳未満で妊娠したりする事例も報告されています。

Q どうすればいいの?

A 就学案内を外国語で作ったり、家庭訪問をしたりする自治体もあります。日本に住む外国人の子どもは増え続けていて、まずは国全体で社会の一員として迎え入れる体制を作ることが必要です。

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ