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イベントから名著も生まれる本気の棚づくり、SNSで動画も配信:ジュンク堂書店池袋本店

ジュンク堂書店4 階の人文書売場で、副店長の森暁子さん
ジュンク堂書店4 階の人文書売場で、副店長の森暁子さん

 JR池袋駅東口から5分ほど歩くと、ジュンク堂書店池袋本店のビルが見えてくる。地下1階から9階まで、10フロアにわたる広大な売り場面積を誇る、全国屈指の大型書店だ。

 同店の副店長で4階の人文書を担当する森暁子さんは、「人文書は、書店の下支えにも核にもなる、大事なジャンル」と話す。専門家にも支持される棚づくりや、名著を生み出す作家とのイベントの企画などについて、人生を変えた一冊とともに聞いた。

屈指の広さを誇る人文書の棚づくり

 ジュンク堂書店池袋本店の人文担当のTwitterアカウントでは、日々の新刊情報だけでなく、新刊台の棚を動画で投稿している。SNSで書店の雰囲気が感じられるとフォロワーからの反応も上々だ。

 他の書店アカウントではあまり見かけない投稿だが、森さんは、その意図について「リアル書店は、物を並べたときに立ちあがってくるものを提供する必要がある」と話す。

 「毎日コツコツと、一冊の新刊をどこに入れるか、すごく悩みながら棚を作っているので、(動画で)切り取る形にはなるんですけれど、ああやって動きを出すことで、どういうふうに並んでいるのか見てもらえるといいなと」

エレベーターで4階に上ると、人文書の新刊・話題書が目に入る
エレベーターで4階に上ると、人文書の新刊・話題書が目に入る

 全国屈指の広さを持つ人文書コーナーの棚づくりは、どんな工夫をしているのか。森さんは、「専門書は点数が多くそのまま並べてしまうと無秩序になりがちなので、専門書を並べられるノウハウが必要です」と説明する。

 「1冊単位でこだわって並べています。最初に概要があって、その後に各論がある。各論もテーマによるのか、人ごとによるのか、ジャンルによって変えますね。さらに、著者で揃えたり、近しい著者は一緒にしたりして、お客様が探しやすくしています。ジャンルの構成を、棚を見ることで感じてもらえたら」

「いろんなものの目利き」になれる書店員に

 愛知県出身の森さんは、幼少期から本好きな親と近くの本屋によく通ったという。「本の虫ではなかった」と話すが、学校や地域の図書館は行き慣れた場所だったそうだ。

 中高生になると、読書家の友人が勧めてくれる本をよく読んでいたと話す。

 「彼女がいろんなものを勧めてくれて。いつも私に『これ多分好きだから読んでみなよ』と貸してくれて、ひたすら読んでいました。貸してくれたものの中では佐野洋子(のエッセイ)とか、原田宗典の『むむむの日々』とかが印象に残っています」

「中学生の時は友達同士で回し読みして読書を楽しんでいた」と話す森さん
「中学生の時は友達同士で回し読みして読書を楽しんでいた」と話す森さん

 一時は学芸員を志した森さんだが、大学に進学してからは、「ずっと好きだった本に関わる仕事をしたい」と考えるようになったという。

 「学芸員になりたかったのは、『いろいろなものの目利きになりたい』と思ったから。出版業界だと、いろんな出版社のいろんな刊行物をたくさん見られて、それを日々動かしていく書店の仕事がそれに近いのかなと思ったんです」

PC書を経て、人文書の担当に

 2001年、新卒でジュンク堂書店に入社した森さんが、最初に担当したのは、池袋本店のコンピューター書だった。「本当にコンピューターのことが分からなかった」と当時をふり返る。

 「当時はWindows Meが出た直後の頃で、(プログラミング言語の)C言語やJavaも知らず、表紙に「C言語」や「C++」とあってもなんのことかわからず、『えらいところに入ってしまったな』と(笑)。PC書には1年半ほどいましたね」

 その後、大宮ロフト店(現在は閉店)に異動し、森さんは人文書の担当を希望した。

 「いくつかジャンルが選べて『どこやりたい?』と聞かれて。そのひとつに人文書があったので、書店に入ったなら人文書をやりたいなと。人文書は、書店の下支えにも核にもなる、大事なジャンルかなと思っていたので」

人文書のジャンルは幅広い。東京オリパラに関連した展示も
人文書のジャンルは幅広い。東京オリパラに関連した展示も

 当初は、慣れない人文書を担当するために、森さんは図書館に行き、図解などの哲学ガイドを読んで、哲学者の名前を頭に入れ、図をコピーして参考にしたという。他にも文庫や新書で書かれた関連本を読んでジャンルの概要を把握しようと努めた。

 大宮店では、熱心に足を運んでくれる数人の人文書の客の顔を思い浮かべながら棚を作っていたが、2011年に池袋本店に戻り、その規模や客層の広さに驚いたそうだ。「毎日データも見ていたんですけど、数が大きすぎて最初は誰に向かって販売しているのかつかめなくて、虚空に向かって商売している感じがして、戸惑いましたね」とふり返る。

 そんな池袋本店の人文書コーナーには、土地柄、多くの研究者や大学関係者が訪れる。他店に比べて、大学論などの品揃えも豊富で、実際にニーズがあるという。

近隣高校と連携した「中高生のための書店」

 棚づくりのための企画にも力を入れる。作家が店長となって自分の本屋をプロデュースする「作家書店」は、同店の名物企画だ。

 取材時は6階の特設会場で、近隣の私立高校3校と連携した、「中高生のための書店」を展開(2/23まで)。各校の先生や生徒による、おすすめの本が直筆POPで推薦されていた。

10代に向けた「中高生のための書店」。大学生に向けて「立教大学文学部書店」も企画したことも
10代に向けた「中高生のための書店」。大学生に向けて「立教大学文学部書店」も企画したことも

 森さんは、この企画について、「ネットで何でも買えてしまう時代に、もう少し若いときから本屋に来る経験をしてもらいたい。大学に入ったり社会人になったりしたときにその経験が活きることもあると思う」と話した。

 「中高生の方が選んだ本を同世代の子が買ってくれた感じがすごくあります。私も、中高のときは友だちに選んでもらった本を読んでいましたし、友だちが面白い本と思う本を読みたくなるのはわかりますね」

イベント企画から生まれた人文書の名著

 平日の夜に、著者と10人ほどの参加者が1時間ほど交流する無料イベント「本棚会議」も、「棚を見てもらいたい」という思いから生まれたものだ(現在は、新型コロナウイルスの影響によりオンラインで実施)。

 「出版社の営業の方と、いつも雑談をしながら新刊の話や情報交換をするんですけど、棚の前で話をしていると『この本、面白いですよ』って話が広がるのが楽しくて。研究者や著者の方に、並んでいる棚を見ながら、ご自身の研究や関心について話していただければ、きっと勉強になるし、面白いと思ったんです」

歴史書は、研究者が見やすい棚づくりを工夫している
歴史書は、研究者が見やすい棚づくりを工夫している

 実際に、イベントから様々な書籍が生まれ、人文書の名著も誕生している。

 「作家書店では、作家が4~5回ぐらいに分けて行ったトークを一冊の本にしていただいた例がいくつかあります。加藤陽子先生の『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』(朝日出版社)は、作家書店でのイベントをまとめたもので、回が足りなくなって東大でもやらせていただいて。紀伊國屋書店さんの『紀伊國屋じんぶん大賞』を受賞しました」

歴史学者の加藤陽子さんの「作家書店」がきっかけで生まれた『戦争まで』
歴史学者の加藤陽子さんの「作家書店」がきっかけで生まれた『戦争まで』

 さらに、「せっかく質の高いイベントをやっているのに、目の前でなくなるのはもったいない」と、書店発の本づくりにも挑戦している。

 2019年に開催された高校生向けイベント「ジュンク堂書店で学ぶ、高校生のための本棚会議」は、後にオリジナル書籍『本棚の前でする勉強の話』になった。

丸善ジュンク堂書店が編集した『本屋の前でする勉強の話』
丸善ジュンク堂書店が編集した『本屋の前でする勉強の話』

 「中心となって動いてくださった予備校講師の野島博之先生とお会いして、『本棚会議はいい企画だね』とおっしゃっていただいて。(通常の本棚会議より)よりライトな感じで、高校3年生になる前の春、受験勉強を始める前に、少し勉強のモチベーションを上げてくれる本を作れたらいいね、と」

 (グループ会社の)DNPとも連携し、出版の企画を進めたという。森さんは、「本を作るということは後世に残す、ということなので責任を感じます。とはいえ普段している仕事が少しは活きたのでは」と話す。

人の弱さと向き合う一冊

 多くの人文書に触れ、企画を生み出してきた森さんに、人生を変えた一冊を尋ねると、医学書院の「ケアをひらく」シリーズの一冊、『べてるの家の「非」援助論 そのままでいいと思えるための25章』を挙げた。

 北海道浦河町にある「浦河べてるの家」は、精神障害などを抱えた人たちが、苦労や障害を抱えたまま、病院ではなく地域で生きていこうと1984年に生まれた、当事者の起業を目指した地域活動拠点。本書は、「弱さ」と「語り」を軸にした“右肩下がり”の援助論だ。

森さんが20代の頃に出会った『べてるの家の「非」援助論』
森さんが20代の頃に出会った『べてるの家の「非」援助論』

 「大宮にいたときに、人文書に加えて福祉書もあって、福祉、教育、宗教、心理、思想、歴史を担当していました。その時に出会ったのが、べてるの本です」

 「自分を見つめるのにぴったりで人文書的にも読める。べてるでは、例えば、幻聴や徘徊などをひとつの特質として捉えてどうしたら生活の中でうまく折り合うことができるのかを当事者研究する。その見方が、当時の私には斬新だったんです。病気は治さなきゃいけない、弱いものは強くならないといけないと思っていたのが、自分の考え方を変えたというか、別の視点をくれた一冊です」

育児する日々から「ケア」を考える

 今向き合いたい人文書は、「ケア」をテーマにした2冊を挙げた。『ケアの倫理――ネオリベラリズムへの反論』(白水社)と、『超 看護のすすめ ナイチンゲールの復権とケアの哲学』(コトニ社)だ。

2014年の精神哲学のフェア時に手にとった『ケアの倫理』は、現在のケアする日常に向き合える一冊に。森さんは「人文学系の人にも読んでもらうため、折に触れてフェアに入れ込んでいきたい」と話した
2014年の精神哲学のフェア時に手にとった『ケアの倫理』は、現在のケアする日常に向き合える一冊に。森さんは「人文学系の人にも読んでもらうため、折に触れてフェアに入れ込んでいきたい」と話した

 森さんは、育児の経験をふまえて、「人を育てるケア労働って大変」と実感を込める。

 「日常生活を滞りなくまわしても、何か目に残る形としては残らないじゃないですか。ケア労働がなくては生きてはいけないとは思うんですけど、いったん(自分を)犠牲にしてやらなきゃいけないことですよね。やってみて簡単なことではないな、と思ったので『世話する』とはどういうことなのか、向き合いたいなと」

 「例えば、子どもを育てていると、今まで不自由なく読めていた本が読めなくなるんですよ。したいと思うと、それができないとストレスなってしまうから、自分の好きを潰していかないといけない。そうすると、ポッと時間が空いていざ本を読もう! という時に読みたい本が思い出せない。好きという感情を無くしているから、(やりたいことが)生まれない。手放したものってなかなか戻ってこないんです」

 森さんは、子育てと仕事の日々に追われ、このインタビューで過去に読んでいた本を聞かれて、「昔何が好きだったのか、思い出せなくなっていることに気がついた」と明かした。ひとりの人生の悩みに、客観的な言葉や視点を与えてくれるのも人文書の醍醐味なのだろう。

将来の自分に届ける、人文書との出会い

「人文書は、書店のすべてのジャンルのベースになる」と話す森暁子さん
「人文書は、書店のすべてのジャンルのベースになる」と話す森暁子さん

 森さんは、人文書を読む価値について、「言葉が増える」と表現する。「一冊の本を読むことで、視野が広がる。考え方の観点が広がったり、むしろ立ち止まったりする。ゆっくりかもしれないけど、誠実に考えられる何かになる」と語る。

 そして、今すぐ読めなくても、“いつかの自分”のために本を買うことの大切さも教えてくれた。「一冊の人文書を通読するのは難しいと思う方も多いと思いますけど、いつか読めますから、将来の自分のために買っておいてほしい。いつか集中的に読めるときが来ます。私もいつか読めるようになると思って本は買っておきたい」と力を込める。

 人文書は、ベストセラーと異なり、リーマンショックの際も著しく売上が落ちることはなかったそうだ。しかし現在は、都心のターミナル駅にある大型書店だからこそ、新型コロナウイルスの影響を強く感じているという。

 「本屋は、神羅万象とはいわないですけど、人間行動の大体のものは扱っている。総合書店は、自分が何をしたいと思っていたのかを気づかせてくれる場所だと思います」

 森さんは、ふらっと立ち寄る本屋の棚から、無意識の欲望に出会える可能性を教えてくれた。あらためて、大きな書店の充実した棚だからこそ、出会える本があると気づかされた。

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