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日本文学を英語圏へ、舞台裏を支える人々のドキュメント 辛島デイヴィッドさん「文芸ピープル」

『文芸ピープル』

 柳美里さんの『JR上野駅公園口』が全米図書賞の翻訳文学部門を受賞し、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』の英訳版が脚光を浴びるなど、ここ数年、英語圏で日本文学はミニブームに沸く。辛島デイヴィッド早稲田大学准教授の新刊『文芸ピープル 「好き」を仕事にする人々』(講談社)はその舞台裏を支える人たちのドキュメントだ。

 英語圏での日本文学の需要はかつては川端・谷崎・三島が「ビッグ・スリー」と言われ、21世紀は村上春樹さんの一人勝ちが続いていた。本書を読むと、保守化する政治への反動で#MeTooムーブメントが盛り上がる中、欧米が今、異文化圏の女性の声を求めていることがよくわかる。

 英語圏への文芸作品の輸出は、大幅な改稿はもちろん、タイトルや表紙も総合的にプロデュースされていくのが通例だ。例えば『コンビニ人間』の英訳版タイトルが、主人公の性別を加味した“Convenience Store Woman”となった経緯など、翻訳者や編集者らが直面する葛藤には興味が尽きない。村上さんが世界的作家になっていく過程を丹念に追いかけた前著『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』以来の、辛島さんの記録者としての仕事が光る。

 辛島さん自身、次世代の翻訳者の育成に関わってきたブームの立役者。若い翻訳家らが、作品選びに自由度の高い中小出版社とタッグを組み、多様な作品を訳している今の状況は一つの達成だとしつつ、「1言語に3人くらい作家が定着すれば終わり、というのが今までの傾向」と課題を挙げる。「翻訳家をサポートして、多様性を担保していくことが大切になっていく」(板垣麻衣子)=朝日新聞2021年4月14日掲載