日本翻訳大賞の授賞式が昨年12月、東京都内の書店で開催された。読者の推薦をもとに人気の翻訳家が選ぶ賞。コロナ禍で2年ぶりの開催となった授賞式は、受賞者のスピーチから翻訳文学の未来が感じられた。
2年連続の2作受賞で、この日は計4作が表彰された。2020年に選考した第6回受賞作のひとつ、H・S・サリヴァン『精神病理学私記』(日本評論社)は阿部大樹さんと須貝秀平さんの共訳。須貝さんは「正確な訳なら機械翻訳でいい。いかに相手に伝わるか。人間らしい翻訳をしたいと思っていた」。選考委員の柴田元幸さんが「思い切りの良い訳。しかし共訳は友情を壊さないか」と2人に問うと「意見があわないことはなかった。違うという指摘こそありがたい」と阿部さん。
昨年の第7回受賞作のひとつ、マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー』(創元SF文庫)を訳した中原尚哉さんは「SFの娯楽作品、しかも最も通俗的と言えるスペースオペラの系譜。受賞は驚いた」とあいさつ。米国でSFの賞を総なめにした人気シリーズ。中原さんは「米国ではスペースオペラの類型をLGBTの世界観で語り直した点が評価された。理想の社会を描くなら遠未来もしくは異世界がいい。昔の物語の類型をLGBTの視点で描く実験がSFとファンタジーで活発に行われている」と話した。
第8回は読者推薦作品の募集が今月15日から公式サイトで始まる。(中村真理子)=朝日新聞2022年1月12日掲載