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「移民政策不在」という神話を超えて ――是川夕『ニッポンの移民』書評(評者:砂原庸介)

記事:筑摩書房

 移民は日本にとって救世主なのかリスクなのか? 日本は欧米のように分断されるのか? 「移民」にまつわる基礎知識を、第一人者が解説!
移民は日本にとって救世主なのかリスクなのか? 日本は欧米のように分断されるのか? 「移民」にまつわる基礎知識を、第一人者が解説!

「日本には移民政策が存在しない」。これは、現代日本で移民に関心を持つ人々がしばしば用いる決まり文句である。実際私も海外の研究者に問われてこの言葉を使ったことがある。政府が移民に対する一貫した取り組みを行わず、とりわけ移民の家族がうまく日本社会に統合されない、といった批判と併せて用いられる。逆に移民に反対する立場からは、今後もそのような政策は不要であることを強調するときに出てくる言葉だ。

 こうした移民受け入れの賛否を問わずに前提とされがちな見方に対して、本書では、国際的な政策形成の現場でも活躍する人口学者が、日本にはすでに国際的な標準から見ると移民政策と呼べる一群の取り組みが存在し、しかもそれが確かな成功を収めていることを説明していく。

 著者が注目する日本への移民の特徴は、日本で働くことを通じて移住する移民が多いことである。当然のように思えるかもしれないが、多くの移民を受け入れる他の国では家族移民が多いという。そして家族移民は旧植民地からの移住と関連する人々が多い。重要なことは、家族を含む先進国のリベラルな移民受け入れは、旧植民地の清算という側面を無視できないことである。移民先進国と比較して、移住家族を統合する政策の必要性が少なく、労働に重点が置かれることが、日本における移民政策の不在という観念と結びつきやすいという指摘は興味深い。

 著者の整理とは反対に、近年の日本の移民に関して争点となるのは、働いている移民よりも、その家族や生活習慣ではないだろうか。働いて日本社会に溶け込む移民は可視化されづらく、そうでないところに注目が集まるのだ。いわば、日本社会の中で周辺的な存在とされやすい移民を論じるときに、移民の中で周辺的な部分に焦点が当たりがちなのだ。

 移民のメインストリームについて分析する著者の主張は明確だ。すなわち、日本の移民政策の中核には、諸外国のように移民の技能を選別することによって永住を認めるのではなく、技能の形成を通じて永住を進める考え方がある、というものだ。日本で移民の受け入れを考えるときに最も重要な要素となっているのは雇用なのである。それも、労働者の技能によって職を当てるような労働市場中心の雇用ではなく、長期的な関係を重視するいわゆる日本型雇用の枠組みが前提となっていると言える。そのような雇用のあり方こそが、他の移民大国と比べたスムーズな永住を可能にしていると評価されるのだ。

 本書の後半では、著者の理解を形成する背景にある国際人口移動の理論が説明され、今後さらに移民が増加するという予測と、それを受け入れる公正な移住のあり方が議論される。移民とは、理由もなく大挙して押し寄せる集団などではなく、個々にお金や時間などのコストを払ってでも移住したいと判断した人々の集まりなのだ。受け入れる日本の人々と同じように、自分の人生について懸命に考えたうえで、希望をもって移住を決断した人々に対して公正な状況をいかに作るか。そのような公正を実現できないのは、日本人にとっても不幸なこととなりかねない。

 全体として現状に肯定的で、困難があっても希望を失わない筆致で綴られる本書は、移民に関わる多くの人々を勇気づけるものとなるだろう。ただ他方で、評価が分かれる部分も残る。その最たる部分は出入国管理の評価だ。著者は難民条約の批准以降、人権尊重が制度に埋め込まれることを評価する。他方、本書では触れられていない、同時期のマクリーン事件で提示された外国人の人権についての抑制的な判断は残っている。さらに、移民の永住を支えてきたと考えられる日本型雇用も、改革の対象とされて久しい。本書の射程を意識しつつ、示された知見を日本社会がどのように活用するかが問われることになる。

是川夕『ニッポンの移民──増え続ける外国人とどう向き合うか』(ちくま新書)
是川夕『ニッポンの移民──増え続ける外国人とどう向き合うか』(ちくま新書)

『ニッポンの移民 ──増え続ける外国人とどう向き合うか』目次

序 章 増え続ける外国人
第1章 「日本に移民政策はない」は本当か?――現代日本の移民政策
第2章 少子高齢化と移民を考えるために――移民政策の歴史
第3章 人はなぜ国境を越えて移動するのか?――移民理論の現在地
第4章 技能実習制度は「現代の奴隷制度」なのか?――成長するアジアと日本
終 章 吹き荒れる排外主義の中で――移民政策の未来

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