「大学は研究の場」と言われてもピンとこない! 研究者が伝える「大学で得てほしい学び」とは? ──濱中淳子著『大学でどう学ぶか』より
記事:筑摩書房
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『大学でどう学ぶか』というタイトルの本書を手に取るのは、どのような人でしょうか。大学進学を考えている中高生や、そのような生徒を指導する先生、あるいは大学進学を視野に入れているお子さんをもつ保護者の方でしょうか。すでに大学に通っている学生の方かもしれません。
大学での学びについては、これまでもその内容や意義が説明されてきました。オープンキャンパス、あるいは多くの大学が一堂に会して模擬授業や相談受付などを行う説明会イベント。大学入学式の式辞や祝辞などで触れられることもあります。
たとえば、2019年4月12日に日本武道館(東京都千代田区)で開催された東京大学学部入学式で、社会学者の上野千鶴子さんは、祝辞として次のようなメッセージを新入生に送っています。
(…)あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。これまであなた方は正解のある知を求めてきました。これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるからです。学内にとどまる必要はありません。東大には海外留学や国際交流、国内の地域課題の解決に関わる活動をサポートする仕組みもあります。未知を求めて、よその世界にも飛び出してください。異文化を怖れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこでも生きていけます。あなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html(2024年8月31日閲覧)(※ネットで「東大上野千鶴子祝辞」と検索するとでてきます)(傍線は筆者)
また、大学教員の手によってまとめられた書籍もあります。発達心理学者であり、大学生の学びや成長にも詳しい溝上慎一さんの『大学生の学び・入門──大学での勉強は役に立つ!』(有斐閣アルマ、2006年)をひとつの例として挙げることができるでしょう。重要な点が多々示された書籍ですが、そのなかに、次のような記述をみることができます。
(…)大学での勉強が高校までの勉強と違うことは、誰もがいってきたことである。高校までの勉強には正解があるし、試験にこの問題は出る、この問題は出ないといったように、勉強するべき知識量にも制限がある。(中略)
大学での勉強(学問)には、基本的に正解というものはない。もちろん大学での勉強と一口にいっても、基礎から最先端までレベルはさまざまである。基礎の極に向かえば向かうほど正解があり、少なくともこういうふうに考える、理解するという基礎や基本がある。それは「学問」というよりは「勉強」という姿に近く、大学受験までの「勉強」ともかなり似ている。しかし、最先端の極へ向かえば向かうほど一律的な答えというものはなくなってきて、いくつかの根拠をもって「こういうふうに見える」「こういうふうに考えられる」となってくるのが一般的である。何を根拠とするかによってある問題や事物の見方や考え方が異なってくるということは、文科系、理科系を問わずにあるのであって、この最先端の極は「勉強」と呼ぶより「学問」と呼ぶにふさわしいものである。溝上2006、21-22頁
上野さんが指摘していることと、溝上さんが指摘していることは、本質的に同じだといえるでしょう。大学で扱うのは答えのない問いであり、それを自ら追究していく学びこそが大事。私自身、この説明には強い共感を覚えます。私もこれまで高校生を相手に大学での学びについて語るときは、同じような説明をしてきました。「この世界は極めて複雑であり、わかっていないこと、みえていないことがたくさんある。小・中・高校でも『探究学習』で、日常生活や社会の謎にせまる経験を積むようになっているが、大学はそれを本格的に行うところ。『勉強』から『学問』へ。大学での学びはそのように表現することができる」──。
とはいえ、以上はあくまで大学教員の目からみた学びの特徴です。そしていうまでもなく、大学教員の多くは「研究者」という顔ももっています。なるほど、ここで以上の説明を見直せば、「研究こそが大学での学び」というメッセージになっているようにも思えます。
答えのない問いを追究する営みは「研究」そのもの。たしかに大学での学びには、研究の要素が含まれています。この点についてはのちほど触れますが、ただ、研究がどのようなものか十分に知り得ていない状態で「答えのない問いを扱うんだよ」「研究こそが大学での学びだよ」といわれても、なかなか実感がわかないかもしれません。
実際に学生たちは大学での学びをどのようにイメージしていたのか。そこに「研究」の要素が入っていたのかどうかを知りたいと思い、実験的な調査を行ってみました。私が担当している大学1年生向けの授業で配布した簡単なアンケート調査です。実施時期は2024年7月。早稲田大学教育学部教育学科教育学専攻生涯教育学専修に入学した学生が対象で、65名が回答してくれました。
まず、大学入学時に、大学での学びや成長に対してなんらかのイメージをもっていたかどうかを尋ねたところ、65名のうち52名の学生が「イメージをもっていた」と回答していました。残りの13名は「合格することが目標だったので、そのあとのことは考えていなかった」「WEBサイトなどをみたけれども、その説明では具体的なイメージがわかなかった」といった理由で「否」と回答していたようです。
では、52名の学生はどのようなイメージをもっていたのでしょうか。具体的に記述してもらったところ、「興味のあることを学べる」「広くて深い、世界の多様さに触れる」「やる気との戦い」「ディスカッションが増える」「抽象的な内容を扱う」「自分の意見を表現することが求められる」といった言葉が並んでいました。決して間違ったものではありません。どれも大学での学びの特徴をあらわしています。ただ他方で「研究」活動に関することを書いた人がいるかどうかを確かめると、該当するイメージを挙げた学生はわずか1名でした。学生は「研究」以外のイメージを抱きながら大学に入学している。大学教員との距離を痛感する経験でした。
大学でどう学ぶか──改めて考えると、中高生や大学で学びはじめたばかりの学生にこの点を伝えるには、おそらく次の2点に留意する必要があるといえるでしょう。
1つは、大学での学びの真髄が「研究(=答えのない問いについて追究すること)」 にあるとしても、研究することでどのような成長が見込まれるのかについての説明が必要だということです。大学に進学する人のなかで研究者になりたいと考えている人はごく一部。だとすれば、「大学での学びは研究だ」といわれても、多くの学生はピンとこないでしょう。むしろ「研究者になりたい人は、研究すればいい。けれども、自分は研究者になるわけではない。関心がある授業をとり、さまざまな知識を吸収するという学生時代を過ごせばいいじゃないか」と思われるのが関の山です。研究に取り組むと何がいいのか。なぜ、研究なのか。その答えも多様だろうと思いますが、なんらかのストーリー、しかも説得力のあるストーリーを示すことが重要であるように思います。もう1つは、「研究」以外の活動も視野に含めながら、学びや成長にとって大事なポイントを提示していくことです。「大学での学びや成長についてイメージをもっていた」と答えた52名には、情報ソースが何かについても答えてもらいました。回答をみると、およそ高校の先生、先輩、親(保護者)を挙げる人が多く、要は第三者の語りがイメージの土台となっていたわけです。では、高校の先生、先輩、親(保護者)はその学生に噓をいっていたのでしょうか。そうではないはずです。高校の先生、先輩、親(保護者)は、研究とは異なる次元の学びを経験し、その印象が強かった、自分の成長につながったと思っているからこそ、先述のようなメッセージを伝えていたと考えられます。では、「研究」以外の学びの特徴で、とくにおさえておくべきことは何でしょうか。成長に大きなインパクトを与えるものは何でしょうか。そしてその学びと研究の関係性、流れなどをどう捉えればいいのでしょうか。こういった点を整理したストーリーを構築する必要があると考えられます。
以上に鑑み、本書では「大学でどう学ぶか」について、いま述べた2つの点を意識した議論を展開してみたいと思います。しかもシンプルでありながら本質を外していない、そして適宜学術的な理論や概念を用いながら明快なストーリーを提示する。かなり難易度の高い目標をたててみましたが、この大きなチャレンジに取り組むにあたって、手がかりにしたのは、実在する学生たちの成長物語です。
2020〜23年度の4年間、科学研究費補助金という研究費をもらって、現代日本の大学生がどのようなキャンパスライフを送っているのか、大規模なインタビュー調査を行いました。領域は社会科学系に限定しましたが、研究チームの仲間と手分けして80名を超える大学生(4年生中心)に、1人あたりおよそ1.5〜3時間、場合によっては6時間を超えるインタビューを行いました。調査概要は図表1のとおり。学生たちが通う大学のタイプも多様です(1)。
インタビュー調査では、大変興味深い、そして示唆的な学びや成長の物語が多く収集されました。大学に進学する前にどのような期待を抱き、進学したあとどのような印象をもったのか。何に刺激を受け、何に幻滅し、迷い、どのように状況を打破しようと試み、その結果どうだったのか。いずれも大事なポイントを含む物語で、もちろん研究以外の文脈での語りも多くみられました。そのすべてを紹介したいところですが、思い切った焦点化をしないと「みんな多様だね」と議論が拡散し、何が大事なのかがわからなくなってしまいます。さきに、シンプルでありながら本質を外していないストーリーを目指すといったのは、そのためです。そこで、本書では、E大学に通う6人を取り上げ、かれらの語りから、大学でどう過ごすことがどのような成長につながるのかを整理してみることにしました。登場してもらうのは、マオ、ヤスシ、ワカバ、メイ、カズヨシ、リョウヘイの6人(いずれも仮名)です。目を見張るような成長を遂げた学生もいますし、そうでない学生もいます。その多様性をどう読み解くことができるのか。こうした切り口から、大学で豊かに学ぶための手がかりを抽出していくことにしましょう。
なお、本書では第5章で、「学(校)歴」の効果についても論じます。そこでは、ノンエリート大学(N大学)の学生・ノリカ(仮名)にも登場してもらいます。またマオら6人と同じE大学に通う別の学生(アキラとヨシナオ、いずれも仮名)にも登場してもらいます。では、実際の学生たちの物語からどのようなヒントを得ることができるのでしょうか。まずは6人の具体的な物語からみていくことにしましょう(2)。
1:なお、図表1に示す調査データ全体を用いた分析は、濱中淳子・葛城浩一編『〈学ぶ学生〉の実像──大学教育の条件は何か』(勁草書房、2024年)にまとめています。学術書として書いたものではありますが、関心のある方は、本書と合わせて手に取っていただければと思います。
2:第1章で示す6人の物語については、名前をはじめ、個人情報保護のため、主旨が変わらない程度に発言や状況の一部に変更を加えていることを先に断っておきます。
プロローグ
第1章 6人の物語――それぞれの4年間
第2章 6人の物語を整理する
第3章 アウェイの世界に飛び込む――成長の条件【その一】
第4章 教員を活用する――成長の条件【その二】
第5章 学(校)歴の効果をどう読むか
エピローグ