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パレスチナ出身の歴史家が語るパレスチナ入門――エリアス・サンバー『みんなのためのパレスチナ入門』(杉村昌昭訳)「訳者あとがき」より

記事:平凡社

パレスチナの亡命知識人が世界の人びとに語った、パレスチナのこれまでの歴史といま起こっていること。
パレスチナの亡命知識人が世界の人びとに語った、パレスチナのこれまでの歴史といま起こっていること。

本書の特徴

 本書は以下の書物の全訳である。Elias Sanbar, La Palestine expliquée à tout le monde, Éditions du Seuil, 2025.

 原書はもともと2013年に出版されてフランスで広く読まれていたものだが、その後のパレスチナ情勢の変化に合わせて、2025年9月に増補改訂版として刊行された。したがってハマスの越境ゲリラ作戦とそれに対するイスラエルの苛烈な軍事的応答までをフォローする内容となっている。本書は、「パレスチナ問題」を起源から現状まで、パレスチナ人の著者が編集者の質問に答えるというかたちで、平易に語り下ろした比類なき記録である。

 日本でも、パレスチナ関係の本はこの半世紀、それなりに持続的に出版されてきてはいた。とくに今回のイスラエルのガザ攻撃のもたらした惨劇にともなって、日本人研究者やジャーナリストによって多くの書物が出版された。それぞれが貴重な情報や見解を伝えるものであるが、類書にない本書の最大の長所は、第二次大戦後一貫してパレスチナ解放闘争に関わってきたパレスチナの活動家知識人による、現時点における「パレスチナ問題」の簡潔かつ濃密な歴史的総括であるという点にあるだろう。

 「パレスチナ問題」と向き合うサンバーの客観的かつ主観的な(本音を隠さない)真摯な姿勢、そしてなによりもパレスチナ人としての体験に即して状況を明晰に分析し解決への道を探ろうとする情熱が、本書にはにじみ出ている。それをどう評価するかは読者の方々のご判断にゆだねたい。

左図:中東周辺の地図。右図:1946年と2023年時点における、パレスチナ‐イスラエル領土の分布。
左図:中東周辺の地図。右図:1946年と2023年時点における、パレスチナ‐イスラエル領土の分布。

他者に想いを馳せる

 著者のエリアス・サンバーはパレスチナきっての活動家知識人であり、パリを拠点に歴史学者、詩人、映画作家として多面的に活躍してきた人物である。私は16年前、フランソワ・ドスの『ドゥルーズとガタリ――交差的評伝』(河出書房新社)を翻訳していたとき、ドゥルーズとガタリがサンバーと親交があったという記述に出くわして、サンバーについて調べてみたことを覚えている。そのとき、サンバーが、本書でも言及されているパレスチナの詩人マフムード・ダルウィーシュについてのドキュメンタリー映画をつくっていることを知り、かつて日本で会ったことのあるダルウィーシュの颯爽とした立ち姿を懐かしく思い出したのだった。

 ダルウィーシュは「他者に想いを馳せよ」と題された、永遠のアクチュアリティーを内蔵した詩を書いている。ほかならぬ本書の著者エリアス・サンバーによるこの詩の仏訳から拙訳を掲げておく。

あなたが朝食を準備するとき
あなた以外の人たちのことを想いなさい
(鳩に餌をやることも忘れないように)
あなたが戦争をはじめるとき
あなた以外の人たちのことを想いなさい
(平和を求める人たちのことを忘れないように)
あなたが水道代を払うとき
あなた以外の人たちのことを想いなさい
(雲に命の糧をもらう人たちがいることを)
あなたが我が家に帰るとき
あなた以外の人たちのことを想いなさい
(テントに暮らす人たちがいることを忘れないように)
あなたが眠るために星を数えるとき
あなた以外の人たちのことを想いなさい
(夢を見る暇もない人たちがいることを)
あなたが自由に言葉を操るとき
あなた以外の人たちのことを想いなさい
(話すことへの権利を失った人たちのことを)
あなたが遠くにいる人たちを思うとき
あなた自身のことを想いなさい
(「わたしは暗闇を照らすロウソクになれるのか」と)

 本書を翻訳しながら、世界がナショナリズムを共通基軸にして無数の紛争の場となっている現在、そのカオス的混乱の縮図がパレスチナに体現されていると幾度となく感じた。アメリカとイスラエル主導の「停戦合意」のあともイスラエルによるガザ空爆は続き、ガザのみならずヨルダン川西岸地区もイスラエルの軍事的支配下に置かれ続けている。それがどういう方向に向かうか、今後何が起きるか、予測不可能である。

 現在さまざまな次元で未曾有の危機に遭遇している世界(地球)の未来を想像しようとするとき、パレスチナの「現在」を注視し、そのゆくえを想像すること以上にリアルな予感をもたらすものはないと私には思われる。世界の未来の縮図はパレスチナの状況に象徴的に体現されるだろうということである。

『みんなのためのパレスチナ入門』(平凡社新書、2026年)92-93頁。質問に答えるかたちで、著者のエリアス・サンバーが現在までのパレスチナの歩みを平易に紐解く。
『みんなのためのパレスチナ入門』(平凡社新書、2026年)92-93頁。質問に答えるかたちで、著者のエリアス・サンバーが現在までのパレスチナの歩みを平易に紐解く。

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