国際刑事裁判所(ICC)とはなにか? ──越智萌『だれが戦争の後片付けをするのか』より
記事:筑摩書房
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この本で紹介するのは、戦争のあと、または途中から適用される国際法の規範や制度です。これらの規範は、まとめて「ユス・ポスト・ベルム」(戦争(bellum)後の(post)規範/正義/法(jus))と呼ばれます。
国際法は、国家間の関係についてのものだと思われるかもしれません。しかし近年では、一人ひとりの個人のために、国際的な制度を運用するための国際法が増えています。
戦争の終わりには、実に多様な法的問題が発生します。そのなかでも、私が専門とする国際刑事司法は、ジェノサイドや戦争犯罪といった4つの重大な犯罪(「中核犯罪」)に責任ある個人を罰する制度です。
国家対国家というマクロな、大局的な関係における責任の議論がある一方で、戦争中における多くのミクロな、個人間の関係があります。戦争がもたらすものを理解するためには、一進一退を繰り返す戦況の情報や和平交渉の行方の情報だけでは足りません。
戦場となった町で起きた悲劇は、「軍隊vs住民」といった規模だけでなく、一人の加害者と一人の被害者の関係においても発生します。また、軍に特定の命令を下した上層部の一人の人間と被害者との関係は、物理的には遠いとしても、因果関係の鎖でつながっています。
ひとつの違法な行為についての責任を問うためには、いつ、どこで、だれが最初に何をし、次に何をし、だれが何を言ったかという、非常に細かい「事実」が明らかになることが重要です。
そして、人と人との間に起きたことを明らかにするために考案されてきたのが、裁判です。裁判とは、法廷において証言や物証を調べ、「合理的な疑いのない真実」を究明する制度です。裁判の制度は、戦争という靄の中で見えなくなってしまっていた個人の尊厳に光を当て、不正の責任を追及するためにも重要となります。
責任のありかが明らかになったあとは、どのようにして責任をとらせるか、が問題になります。代表的なものは刑罰ですが、他にも、損害に対して賠償を求めることもあります。全体としてみたときの戦争被害の総額は、一人ひとりの受けた損害を合算することで算出されます。
また、裁判の前提として、戦争で行方不明となった人が探し出され、手当てを受け、戦場から帰還する必要があります。そのために、捕虜となった兵士の身柄の交換や、遺体の返還といった制度も重要になります。捕虜や遺体の帰りを待つ人にとっては、これが最も重要な制度となるでしょう。
近年の国際法は、裁判・賠償・帰還といった、一人ひとりの人生に大きな影響を及ぼすような、多様な問題についての制度を整備してきています。
制度は、それを運用する仕事人なしでは作動しません。戦争犯罪事件に関わる一人ひとりの捜査官や弁護士、被告人、被害者、そして遺体を収容し、清め、運ぶ人々といった、多くの人の仕事があります。これらが報道・解説されることで、現代の戦争について、マクロな視点とミクロな視点の両方からみて、想像し、考えることができるようになるのではないかと思います。
現代では、一地域でおこなわれている戦争は国際問題となり、国連やそのほかの国際機関により監視され、議論されます。
日本の平和教育では、国家間の政治・交渉・取極めというマクロな世界と、『火垂るの墓』で描かれるような、ミクロな日常の惨事の両方を想起できる人材を育てます。しかし、これらのふたつは同じ主題を扱っているにもかかわらず、その間のつながりは、どこか切り離されたものとして受け止められてきたのではないでしょうか。
他方で、情報化が進んだ現代においては、これらふたつが直結しているといえます。遠い異国での子どもの叫び声が、政治の議場で、議論の前提事実として報告され、影響を与えるのです。マクロな戦争とミクロな戦争のつながり方を理解しなければ、戦争という現象の全体は理解されないでしょう。
戦争後の法の問題において、とくに国際刑事司法は、平和の問題と密接にかかわっています。持続可能な開発(SDGs)において、「司法へのアクセス」は「平和」とセットで目標16として設定されています。
平和のためには何よりも戦争を終わらせることが重要で、そのためには正義を犠牲にすることは仕方ない、という考え方もあるでしょう。しかし、なぜ平和にとって司法が重要なのか、なぜ「正義なしに平和なし(no peace without justice)」が掲げ続けられるのかを理解するために、平和と司法がどのように関連しているのかについて理解することが重要です。
現代では、人権や、武力紛争中のルールにかんする条約が多数存在し、国際社会が合意する犯罪定義も確立しています。
国際規範の監視下にある戦争について、調査し、分析し、その上で責任ある個人に対して刑事制裁を課そうとする組織もあります。そのなかで中心的な役割を担っているのが、国際刑事裁判所(International Criminal Court:ICC)です。
ICCは、ロシア・ウクライナ紛争への対応を通じて、日本の一般の方にも広く知られるようになったといえます。ICCのウクライナ事態に対する対応は、過去に類を見ないものであり、その発展を記録し伝えることも、本書のひとつの目的です。
現在ICCの所長を務める赤根智子裁判官は、私とのインタビューで「私はどちらかというと普通の人です。普通の人なので、ある意味、普通の人が普通の仕事を普通にできる世のなかになっていってほしいとは思います」とおっしゃっています(『法学セミナー』70巻2号、2025年)。この本を読んで、この本で描かれている国際平和にかかわる職業人の仕事に関心をもつ人が一人でもいてくだされば、との気持ちも込めています。
ニュースをよく見る人ほど、武力紛争下で起きていることに触れるだけで、胸が苦しくなるような感情が生じる可能性があると思います。
他方で、犯罪に対する捜査、被害者のケア、そして罪のあるなしを問わずにおこなわれる葬送の仕組みと、それをおこなうための人々の営みを目撃することは、戦時下にあっても人間性を持ち続けること、戦争犯罪の悲しみを超え、世界をより良い方向に進めようとすることを直視し続ける希望を与えてくれます。
本書では、研究の過程で戦争犯罪の悲しみに浸った私が感じた、一瞬の安らぎと希望を共有するために、「戦争の後片付け」の発展と未来について、できるだけ実際の事例を紹介しながら記述したいと思います。
さらに、戦争がもたらした多くの亀裂がどうやって修復されるべきかについても、現状の議論を紹介したいと思います。
この問題については、いまだ国際的な合意は形成されているとはいえません。犯罪の実行者は全員処罰されるべきか。しかしそうすると、紛争後社会の公職に就く人が足りなくなり、混乱を生みます。では、処罰をせず「水に流す」べきか。それでは、被害者はうかばれず、真実も明らかになりません。
そこで開発または「再発見」された、共同体ベースでの「和解」のプロセスも用いられてきました。それらにアイデアを得た「修復的正義」や、その根幹となる賠償の枠組みにかんする国際法が形成されてきました。
しかし、罪と罰のあるべき姿は、文化や伝統、宗教などによって形作られてきたものです。人の道徳観が直接反映される問題でもあるので、どの地域にも適用できる普遍的な枠組みがあるわけではありません。
そのような混乱のなかでも、国際的な社会システムの参加者となることによって、被害者でしかなかった当事者に力が生まれます。個人を支えることを通じて社会に変革が起きることを目指し、制度構築を進める「変革的正義」のアプローチが広がっています。
刑事ドラマの見せ場として、犯人の身元と居場所が分かり、逮捕に必要な決定的な証拠を手に入れた段階で、逮捕状をとり、犯人の家に突撃するシーンがあります。
日本では、裁判所から出された逮捕状(令状)がなければ、現行犯でない限りは逮捕されないことが憲法で保障されています。多くの先進国でも、この令状主義が採用されていますし、世界全体を視野に入れる国際機構である、ICCの手続でも同様です。
これは、捜査官が独断で逮捕をすることを防ぐこと、逮捕をするだけの十分な理由があること、そして逮捕が必要であることを確認するための制度です。つまり、逮捕状が出ることは、逆にいえば、ある程度の証拠が集まり、そして逮捕する必要性があることを、捜査官だけでなく、裁判所が認めたことを意味します。
2023年3月17日、ロシアの現職の大統領であるプーチン氏に対して、ICCによる逮捕状が出されたことは、大きな驚きをもって受け止められました。国際機構が、一国の、しかも国連安全保障理事会の常任理事国である大国の元首を、名指しで犯罪者であると呼ぶ行為であるからです。
そして、隣国を侵略し、数万人の犠牲者を出した国の最高指導者にもかかわらず、そのうちのたったひとつの犯罪について、逮捕状が出されたことも衝撃的でした。
プーチン大統領が訴追されている罪とは、子どもの連れ去り(拉致)です。実際の正確な人数は把握されていませんが、数万人のウクライナ人の子どもたちが、ロシア領域に連れ去られていること、そして、この国家規模のプロジェクトについて、プーチン大統領が個人として関わり、責任があることの十分な証拠があるということを、ICCの裁判官が結論したことになります。
各国の訴追義務に加えて、各国は、第二次世界大戦後に設立された国際軍事法廷(いわゆるニュルンベルク裁判)と極東国際軍事法廷(いわゆる東京裁判)のような、国家による犯罪を裁くための裁判を、なんらかの国際的な機関として設置しようと、長年にわたって努めてきました。
1951年、国連国際法委員会は「人類の平和と安全に対する罪の法典」と呼ばれる裁判所規程を起草しました。しかし、長引く冷戦がそのプロジェクトをはばみ、構想は頓挫していました。
80年代に入り、このプロジェクトは再始動し、ICCの構想が徐々に固まっていきます。ICC準備委員会は90年代半ばに発足し、各国の刑法学者や国際法学者が議論を重ね、1998年のローマでの会議で、ようやくICC規程の内容が固まりました。
その後、数年かけて各国が批准し、適切な設置場所が模索されました。当初はICC規程が結ばれたローマにつくられるという話でしたが、結局、国際機構を受け入れる経験や制度が豊富なオランダが設置場所として決定されたという経緯があります(ご飯もおいしく天気もいい、イタリアでの設置を切望する声もありました)。
最初は、オランダ政府が無償で提供した、ハーグにある13階建ての元KPNテレコム (オランダの携帯電話会社)の簡素な建物が、ICCの本部となりました。法廷も手狭で、裁判部と検察局が同じ建物の別フロアにあるといった、やや問題がありそうな配置となっていました。
筆者がICCでインターンをしていたのはこの旧庁舎のほうで、手狭な分、移動距離が短く、いろいろな人と簡単に会うことができたのは便利ではあったと思います。
その後、ハーグの海側に恒久的な施設が新設され、2015年12月に移転が完了しています。これにより、ICCは検察局や書記局といった6つの建物からなる複合施設となりました。エントランスが美しくそして長いので、職員の通勤距離が伸び、裁判官室から法廷もだいぶ遠くなりました。
ICCのような国際的な裁判機関は、国によって訴追義務が果たされない、または果たすことができないという状況に対応するための、補完的なものとして位置づけられています。
つまり、国による捜査と訴追がしっかりできている場合には、ICCは事件を受理できないことが規程上決まっています。ICCの初代検察官であったオカンポ氏は、「ICCに持ち込まれる訴訟の数がその実効性の尺度となるべきでなく、国家機関が通常通りに機能する結果としてICCでの裁判がなくなることが、大きな成功となる」と発言しています(2003年6月16日就任式典でのスピーチ)。
世界から中核犯罪がなくなることが究極目標だとして、ICCではなく各国の裁判所で中核犯罪訴追が完結することが中間目標であるすれば、ICCに一縷の望みをかけている現状は、まだまだ長い道のりの最初のよちよち歩きを始めた段階に過ぎないでしょう。
ですが、戦争犯罪訴追を義務化し、ICCを設立したということは、21世紀の人類にとって、「平和と安全に対する罪」を克服するための基礎工事が終わった世界といえるでしょう。
はじめに
第1章 戦争犯罪捜査
第2章 戦争犯罪裁判
第3章 ICCによる逮捕状
第4章 兵士の帰還
第5章 被害者に対する賠償と和解
第6章 ユス・ポスト・ベルム(戦争後の法)
おわりに
あとがき
読書案内
注