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 国際刑事裁判所長が現状を示す「戦争犯罪と闘う」 中村佑子の新書速報!

  1. 『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』 赤根智子著 文春新書 1045円
  2. 『ケアの物語 フランケンシュタインからはじめる』 小川公代著 岩波新書 1100円

 (1)第二次大戦の反省を元に国際社会が長らく折衝を行い、1998年にようやく設立が合意された国際刑事裁判所。プーチン大統領への逮捕状発付により、のちに所長になる著者自身がロシアから指名手配を受けたことでも知られる。米国からも制裁を受け、もはやこれまでと嘆息することもあったという。しかしいま裁判所を解散すれば、世界は二度と同様の協力関係を築き、国際的に戦争犯罪を裁くことは叶(かな)わないだろう。だからこそ絶対に潰すことはできない。一人の人間として背負うものの大きさを知り戦慄(せんりつ)した。米国の制裁は相当痛手で、協力団体に著者自らロビー活動を行っていることも初めて知った。いま世界が法の支配を失えば暴力化はより加速する。彼女をヒーローと呼ばずして誰を呼べよう。

 (2)文学には多声のポリフォニーが響く。しかし人は文学にさえ大摑(づか)みできる太いうねりに注目しがちなことを著者は自戒をこめて見つめる。とくに詳細に語られる『フランケンシュタイン』では、男性の陰に見過ごされがちな姉や妹の存在を掬(すく)い取り、そこにケアの息吹を見てゆく。指し示されるケアは実に多様だが、貫かれているのは帝国主義等の力の行使への抵抗、大きな物語に相対する小さな物語への著者の坦懐(たんかい)な眼差(まなざ)しだ。語られる作品も『進撃の巨人』『虎に翼』から政治家の言葉まで実に幅広い。素手で作品の心臓を鷲(わし)摑みするアクロバティックな知性の見事さも堪能した。=朝日新聞2025年7月26日掲載